世界の旅 ベトナム社会主義共和国:ダナン市とホイアン・フエ

2019.07.24-07.28 ベトナム航空で往復するダナン視察訪問団のツアーに参加
▼24日 ダナン市へ到着  木更津市はアジアの各都市と友好関係を数多く結ぶ中で、ベトナム中部のダナン市にホテル三日月を建設するという縁を活かし、韓国槐山郡・インドネシアボゴール市・フィリピンビスリグ市・中華民国苗栗市に次ぐ友好都市協定を締結する事になったので視察団の一員として訪問した。因みに市議会議長として参加しているが14万3590円の旅費は全て個人負担である。
 
 7月24日はJR内房線の始発で成田空港まで移動し18人の訪問団となって9時半に飛び立つ。VN6319便はダナン空港へ現地の午後1時45分に到着。この年は梅雨明けが遅く日本が涼しい内に出国したので蒸し暑く感じる。ホテルに入る前にミーケビーチの建設ラッシュを見学するが、ダナンが世界的に注目を集め投資が続いている状況を実感する。ホテルに入って16時(日本時間18時)開始のセミナーまで時間があるのでホテルの周辺を散策し、ダナン大聖堂やハン市場等を見て回る。
 
 JETROによるダナンの経済状況のセミナーとホテル三日月によるダナンプロジェクトの概況を聞き終えたら今回のツアーに同行したK議員とともに日没後の街並みを見学しに歩き回る。街路樹が多く、川沿いを中心にイルミネーションが綺麗に配置された街を進み、市役所周辺の日本食街等の状況を見て回るが、結局食事はホテル近くのベトナム料理の店で摂りながら麦酒を飲んで解散し、その後は通称ドラゴン橋を渡って対岸から夜景を一人で楽しんで回り、21時前にホテルに帰って早めにベットに入った。
 
 25日は4時に起床し、海パンにビーチサンダルで暗い内から散歩に出る。ドラゴン橋を経由してホテルから約3kmを歩きミーケビーチまで歩くと夜明け前なのにオートバイが次から次へと駐輪場に停まり多くのベトナム人が水着になり海に向かっていった。大音響の音楽に合わせて踊っている集団も沢山居たが多くは海に入って泳いでいる。私もシャツを脱いで海に入って朝焼けの写真を撮影するが携帯や財布などの荷物があって泳げなかったのが残念である。一人で海に来てはいけないなと反省するが、結局このツアーの間に泳ぐことはなかった。水は房総の海岸程度には澄んでおり百万都市の横にこのように綺麗なビーチがあることには感心させられる。夜明けまで風景の変化を楽しんだら足の砂を道路清掃をしていた水で流し、往路より下流側の斜張橋を通りながら川越しに特徴的な市役所の風景などを見てホテルに戻り、6時半より朝食を摂る。
 
 部屋に戻ってシャワーを浴び、靴と短パンに履き替えて8時出発のホイアン日帰り視察に参加する。南下するバスの車窓からは郊外にも多くのリゾートホテルが建設されている状況が見られる。一旦地方部を通過して人家が多く成る頃にホイアンに到着する。バスから降りて歩き始めると多くの欧米人が散策しており国際的観光地だと実感する。我々も中華街から日本橋などを訪ね歩き、17世紀初頭のアジアの流通などに思いを馳せ、ご当地料理の昼食に舌鼓を打った。なお、ホイアンは日没後が得に綺麗だと説明を受けるが午後からは公務があるため後ろ髪を引かれるようにバスに乗った。
 
 ダナンに戻ってスーツに着替え公務を開始する。14時半から日本に多くのベトナム人を送り出している機関で現状の課題を聴き、17時からはダナン越日文化交流フェスティバルのレセプションに出席する。後ろの方でのんびり食事を楽しむつもりであったが最前列に席が設けられており、ダナン市の市長や議長とともに開会式を迎え、日本側から在ベトナム日本大使、渡辺木更津市長、堺市と美作市の副市長とともに登壇して開始を告げる鏡開きのメンバーに加わった。鏡開きの日本酒の樽には『越の一』と書いてあり、北陸の何処の酒かなぁと考えていた。
 乾杯後は舞台上でダナンの多くの演劇とともに日本の剣舞やフラワーショーなどが上演され、賑やかにレセプションが続く中でワインを飲みながら通訳を会しながら議長や周辺の日本の出席者と意見交換を続けていった。ステージ上の液晶ビジョンが大きく綺麗で、ベトナムでも最新設備が導入されている事に感心していた。
 
 20時にレセプションが終わりホテルに戻ったが数人で近くまで飲みに行き、ウイスキーを飲みながらダナン2日目の意見交換を行う。22時にホテルに戻りながら街沿いの店を見ると道路上までベトナムの若者が溢れている。早朝に泳いで深夜まで街遊びを続けている若者達のタフさには驚かされた。
▼25日 早朝の市内散策
▼25日 ホイアン見学
▼25日 越日交流フェスティバル開催式
▼26日 早朝の市内散策  この日も夜明け前に目が覚める。ベトナム時間で4時でも日本では6時だから習慣のように目が覚めてしまうのである。この日も海に行こうかと思ったが、逆に駅方面に歩いて人々の生活の気配を見ようと考える。もらった地図を頼りに歩き続けて駅に着く。人口の割には小さな駅であるが自動改札が有ることには驚いた。駅の北側では道端でフランスパンの朝食を売る露店や、路上に篭をおいて魚や鶏肉を売る農村から出てきたと思われる人達も多くなり、ベトナムらしい風景になったと写真を撮る。一方で大きな公園には健康遊具があり、朝から音楽に合わせて踊っている人や散歩している都市住民らしき人も多く、都市と農村の格差が生じていることも伺わせた。
 
 ホテルには7時半に戻り急いで朝食を食べる。部屋に戻ってスーツに着替え、8時半からダナン市役所で開催される労働力推進セミナーに出席し、横浜市や長崎県の取組を聴きながら財政力のある自治体と金銭面で競うことの難しさを実感していた。
 12時近くに終了して全員で昼食を摂り、フェスティバル会場を下見して一旦ホテルに戻る。約2時間ほど間が空くことになったのでホテルの室内プールで泳いで時間を潰す。そして15:40に迎えに来たバスに乗り、再びダナン市役所に行って友好都市の調印式に出席する。式典後は市長や商工会議所の会頭等のとともに夕食会に出席し、その足でフェスティバル会場に入る。車内でTシャツと短パンに着替えて靴も動きやすいものに履き替え、ダナン三日月の多くのベトナム人スタッフやこの場から加わったベトナム旅行中の多くの木更津の方々と供に『やっさいもっさい』を檀上で踊った。
 檀上から降りてフェスティバルを楽しんだ後、近くのレストランに会場を移し現地交流会を遅くまで楽しみ、ホテルの上階のバーで飲みながら夜景を楽しんで長い夜は更けていった。
 
 27日はベトナム最後の王朝があった世界遺産の古都フエを視察する。ホテル出発は11時と遅いのであるが朝寝坊してしまい早朝の水泳や散歩は行わず、近くの市場等でお土産を買って荷造りを行った。同じく世界遺産のホイアンは米軍に守られて被害が少なかったのであるが、フエは戦地になって多くの遺産が失われ、復元が行われている所だとバスの中で聴きながら、個人亭には三日月の工事現場を見たいと思っていたが瞬時に通過してしまった。
 フエはダナンから片道2時間を要する場所なので、途中で湖畔の観光地に立ち寄り午後1半にフエについて遅い昼食を摂る。その次にフエフーズジャパンという福岡出身の才田さんが始めた日本酒の工場見学に行き、一昨日の鏡開きの酒はベトナム産だと知ることになった。今の社長に話を聴くと日本酒に適した軟水が出て米も豊富なので適切に温度管理をすれば日本酒は造れるという。インディカ米を磨く技術が大変だったと言うが東南アジアで日本酒を造る努力には頭が下がる思いである。
 フエの王宮には午後3時半を回ってから入り、広い敷地の中でベトナム王朝がフランスに翻弄されながら歩んできた道のりを聴く。中国の紫禁城に倣って造られた王宮は破損も多く、古の姿を取り戻すのには時間が掛かりそうであった。砲台に経つベトナムの旗が印象的だった。
 
 フエの市内には19時過ぎに戻り、夕食にハンバーガーを食べ、21時にバスに乗る。もう数分待ってくれたら川沿いから火を吐くドラゴン橋を見れたのにと文句を言うが聞き入れてくれない。車窓から瞬間の炎を見て空港に送られ、出国手続きを取る。出発が遅れて成田に戻ったのは1時間遅れた28日の9時であった。 
▼26日 調印式や文化交流フェスティバル
▼27日 フエの視察