ホワイトカラーエグゼンプションについて
2007/1/3記
 昨年に厚生労働省管轄下の労働政策審議会から工場等の労働者(ブルーカラー)以外の者については、仕事の中身が労働時間ではなく能力に有るのだから、有る程度の所得があった場合は管理職でなくとも残業代を支出しなくて良いという制度が答申され、今年から実施されるようである。
 自営業者になってからは、ボーナスや残業という概念を失いつつあるし、道路公団の職員時代は予算化していないという理由だけで月80時間近いサービス残業をしてきたもので今更という気もするが、それでもこの制度にはとても違和感を感じる。

 まず、ホワイトカラーの定義と有る程度以上の所得という概念が明確になっていない場合は際限なく拡大され、例えばプログラマー等の仕事ではまず残業代が出なく成るであろう。
 その結果、多くの仕事を少ない人員で処理する誘惑にかられる事で、欧米のように仕事を分かち合う(ワークングシェア)事で失業率を下げる、という考えに逆行し、失業率が増える中で過労死が増えるという荒んだ世界に成りそうだ。

 この前見たテレビでは「まず官僚からやれ」という意見も多かったが、中央官僚は驚くほど遅くまで働いており、残業代も青天井(上限が無い)では無いはず。つまりこの法令は殆ど現状追随だから法令を作る立場の政府官僚には多分抵抗感が無いと思われる。
 官僚が無理して働くことは、官庁に居る間にポストを上げることがその後の安楽な生活に結びつくので若い頃の無理は将来に対しての投資という効果があり耐えられるのだ。しかし、天下りとかに無縁な一般企業の労働者は単に給与が少なくなるだけの事である。

 逆に、例えば常に人手不足で労働者に強い指示が出来ない職場とか、組合が強すぎて統制の取れていない職場では「残業代が出ないのなら残業命令を聞かずに定時で帰ろう」というムードが生じ、ますます人員が不足してくるという効果を生む可能性がある。それがワークングシェアに通じれば雇用の発生になり社会的には良いが、会社としては人件費の増大となり競争力の低下につながり、存続に関わってくる事になる。

 存続が当然である市役所でこの制度を導入した場合、年度末頃に残業が続く建設系部門の職員はどのような行動に出るのだろうか。烏田土地区画整理組合の頃に接した人達は大変真面目な人達が多かったから無理をしてでもこなしていくと思うが、それで良いのかとも思う。
 この制度が国により導入される場合に自治体側で重要な事は、出来る限り業務の時期的な集中を避けて平準化して防衛する事なのだろう。
トップページに戻る   最近思うことに戻る