日本酒という文化について
2008/05/10記
 昨日、友人と飲んだ時の話の中で、胡錦涛主席を招いた宮中晩餐会の話題になった。アメリカ産のシャンパンで乾杯する事に対して彼は怒りを露わにしていた。本来で有れば日本酒で乾杯するべき所であろうが、百歩譲って国産ワインでも良いのに、何故外国産とするのかという彼の怒りはもっともな話である。
 
 地産地消と言い、自給率の向上を国民に求めていくのなら、その最上の場となる宮中晩餐会は、全て国産食材を使用するべきであったろうと思う。洞爺湖サミットでは北海道の食材をふんだんに供給するのか、外務省の姿勢が問われる所である。
 
 日本酒という文化に対する尊重が不十分だと感じることの一つは、酒税にも現れている。一昔前にウィスキーが焼酎に比べ税金が高いという欧米の外圧が有って、蒸留酒部門の酒税変更が成された。しかし、醸造酒である日本酒(22度未満)ではリットル辺り 120円の税金を払っているのにワイン(果実酒)では 80円と、逆に高い状況で、日本酒よりワインを普及させようとしているような状況である。税収不足の現状ならワインの税金を日本酒並に上げるべきである。
 
 さらに酒税を国税でなく地方税にして貰えば、納税するために地酒を飲み続け、地域の文化が深まるのに、と思う。ただ、そうなった場合でも残念なことに木更津には造り酒屋は無く、隣の君津や富津に納税する事になるのである。蔵出し税でなく販売課税とすると店舗の多い木更津は納税が多くなるだろうがレジ等のシステム変更が大変だろう、とも思う。
 
 税金が地元に落とされなくても、大手の酒造メーカーの酒でなく、地酒を飲みたいと思うところであるが、販売価格の差のためか地元の酒を置いていない店は多い。地酒有ります、という看板につられて入ってみると東北や北陸の酒ばかりという店に出くわすことも少なくない。ここでしか食べられないもの、ここでしか飲めないものを出すことがもてなしの気持ちではないだろうか。
 前回の議会でも地産地消の声が高くなって来たが、鹿児島の芋焼酎と君津の日本酒を迷いながら、日々の行いについても考えていた。