花火の夜の祭り広場に思う
2008/08/17記
 今年の港祭は昨年の60回記念大会に比べ規模が縮小されてしまうのではという危惧のある中、諸物価高騰による経済の停滞傾向にも関わらず、天気に恵まれたためか賑やかに、そして大きな事故もなく無事に終了された。
 特に花火については過去最高の打ち上げ発数という報告を受け意外な思いをしたものである。最も尺玉も寸玉も1発は1発という数え方であるが。
 
 さて、今年は家の所用で出遅れ、あじさい通りを南下中に花火が開始されていた。港の北側で写真を数枚撮り、人混みの中を歩きながら富士見通まで向かうが、相変わらずパレダムール前の交差点には膨大な人々が腰を下ろし交通の妨げとなっている。この日に鳥居崎公園で花火を見ていた友人から16日に聞いたところでは、市役所に停めた車まで帰るのが一苦労であったと言うことだった。
 駅からの導線が初めて港に向き合うこの交差点は、もっと海を意識できるようなオープンスペースを港湾埋立で設けるべきだと考えるし、見学客も港湾側に出来る空間に着座して花火や海を楽しみ、道路は通行のために解放できれば良いのにと思うが、港湾の話は別の機会で再度したい。
 
 混雑する交差点から駅に向かい、いつものように宝家前で商工会議所青年部が設営する『祭りの広場』に着くと、午後8時前なのにテントの撤収作業に入っている。理由を聞くと見学客の移動の障害になるので警察から時間の指導を受けているという事である。
 確かに数年前に明石市の花火大会で歩道橋混雑に起因する死亡事故が生じた事例もあるので担当者が意見を入れたのだろうが、木更津では過去に支障も生じていないし、この日も宝家前には大きな混雑も起きていなかった。パレダムール前に比べれば天地の差である。
 
 木更津港は東京湾内の横浜、東京(日の出埠頭)等と同様に、産業港でない、市民が楽しめる場所が駅から近いという点が特徴の一つであり、それは観光の売りの一つとなる。
 それでも駅から港までの距離を不慣れな足元でも楽しく歩いてもらうためには途中途中に仕掛けが設けられている事が重要であり、昨年は猿回しや大道芸、広場のステージなど、港に向かう気分を盛り上げる見事な設営がされていた。それは可能で有れば帰りの余韻を楽しむためにも残されているべきだと思うのである。
 
 警察組織は公権力の執行機関であるので、個人に権限が集まるのは仕方がない部分もある。今回も商工会側は祭の打合せ段階で祭りの広場の設営時間を通常通りにするよう要望したらしいが、交通管理者(警察)に押し切られたようだ。
 だから今回は午後8時になったら富士見通は広々と解放され、多分スムーズな退出を行えただろうと思う。それを順調と思うか無機質と思うかは主観の問題という事であろうか。
 
 自分も道路設計で県警協議を何回か行ったことは有るが、ほぼ先方の指導に従うことになるし、さらに所轄署の意見によっても対応が異なってくる。
 交通担当の警察官の融通が利かないという事より、過去に生じた事故の経験から、出来る限り未然に防ぐのが警察組織としての立場であるのだから、やむを得ないと思う部分もある。しかしそれによるコストアップや今回のような無機質化、さらには中野畑沢線の中央分離帯による沿線住民の不便など、諸問題が出ているのも事実である。
 
 対立する立場からの多くの意見があることは、無いことより多方面からの検討が進む分だけ有意義であるし、重要である。それを前提に理解しても、もう少しどうにか成らないかと思う昨今である。