経済の大きな流れを考える
2008/09/22記
 アメリカで大手の証券会社が倒産や吸収をされたと思ったら最大手の保険会社が公的資金融資を受けて存続が決まるなど、大きな経済ニュースが続いている。
 今後の経済動向が読めないためか、企業心理が急激に冷え込んできており、国内でも金融機関の貸し渋りが再度激しくなってきているようだ。金融機関は企業に貸し付け、そこから金利を取ることが利益であるのにそれを絞ることは利潤の低下になる。それでも倒産して不良債権になる事を恐れているのであろう。角をためて牛を殺す経済運営が近づいているなら心配である。
 
 議会での最近の質問は、コストダウンのために執行部により一層の努力を促すような話が多くなり、議員の責務とは思っているが時々振り返ると細かい話をしているな、と自らにウンザリもする。
 『入るを量りて出ずるを制す』事が自治体経営にも必要であり、出ずるを制してばかりいると縮小傾向の中でモチベーションが益々落ちてくる。創意工夫や最小コストでの最大満足など、コストを前提としない改善施策は多くあるが、たまには収入が増える嬉しさを味わいたい物である。
 
 昨日の富津市長選挙出陣式で現職の佐久間市長より富津臨海の工業団地に42企業が入り、暫くの間は企業立地奨励金の還付で財政的に厳しいが、4年後頃から明るい兆しを見せるはずだというお話があった。
 翻って木更津を見ると、アカデミアパーク、金田東や築地など、これから企業立地を進めて行かねばならない場所が数多くある。少し前までは中国特需等で数多い問い合わせもあったようだが、この経済状況では動きが鈍ることも覚悟せねばなるまい。
 せめて東京機械製作所や新日鐵君津管理センターなどの建築工事が具体的に動き始めることで、少しは明るい気持ちを持ちたいところである。
 
 京葉工業地帯の発展を考えた場合、最初に進出した千葉の川崎製鉄は住宅地に近接することで公害問題も生じた。市原から袖ヶ浦へと南下していく中で干渉緑地帯の幅も広くなり幹線道路の規格も高くなっていった。
 工業から情報に方向性が変わった頃に開発が進んだ幕張ではオフィスビルと近代的な集合住宅、さらにホテルや商業施設などで新しい都市を構成していくことが出来た。
 この事から、必ず時代は良い方に変わっていき、待たされて後から開発される所は待たされただけの高付加価値を得ることが出来る、という事を希望的に信じて大きな経済の流れの中で翻弄されそうな我が街の事を考えていた。