ゴミ処理施策を考える
2008/11/16記
 14日の金曜日に十九の会(平成十九年当選同期組)でゴミ処理施策について共同の勉強会を行った。これは9月議会の途中で会議を行った中で、ゴミ処理に関して各自が疑問に思っていることが多く、それぞれが個別に担当課に聞きに行くよりまとめて話をした方が良いだろうと言う結論になったためである。
 午後2時にクリーンセンターに集合し、2階の会議室で川名環境部長及び小出次長兼クリーンセンター所長の概要説明を受け、その後担当者から現状の説明を受ける。
 
 木更津・君津・富津・袖ヶ浦の四市と新日鐵などの民間の力で『かずさクリーンシステム』という溶融炉を運営しているが、そこに搬入するまでのゴミの分別回収の考え方に四市で大きな差が生じている。
 具体的には分別の君津と非分別の袖ヶ浦、そして中間の木更津・富津という感覚である。
 
 市民の協力を得て分別を進めると資源の有効利用は計れる。君津市では木更津市のように『ビン・缶・ペットボトル』として一括して集めることはないので分別委託の手数料は少なく済む。その代わりビンまで色別に細かく分別した資源ゴミを回収するために、品目別の回収行為が必要となり、回収コストは増大しているようだ。
 
 近年ではペットボトルが資源的な価値が高く、トン5万円程度での取引も可能と聞くが、分別手間にトン3万を越える金額を払い、ペットボトルが1割程度では、当然支出の方が多い事になる。
 溶融炉は処理コストがトン当たり3万円以下なので分別せずに焼却に回した方が行政コストを抑えられる状況にある。世界的な資源の有効利用を考えると、再資源化は重要な選択であるが、決して安いわけではないのである。
 
 夏の終わりに読んだ『偽善エコロジー』(武田邦彦著:幻冬舎新書)でも分別はエコではなく、何か環境に優しいことをしていると自覚するエゴな活動だと書いてあった。その本ほど極端な考えを持つこともないが、行政が環境に優しいふりをしながら、コストを多く掛けている現状は、どう解釈するべきであろうか。
 
 ゴミ回収に対する統一した哲学を持ち、四市で統一した負担の元に広域的な行政運営を検討すせねばなるまい、と思うのであるが、そのためにはどの様な方式に統一することが妥当なのか、個人的に整理出来ていない。勉強会を経て、問題意識は小さくはならなかった。
 
 為替や物価に変動が大きい状況で経済性を元に判断すると経営的には情勢の変化によって臨機応変に対応する能力まで求められるが市民は混乱するであろう。可能で有れば、日本中から納得されるような『かずさ方式』を目指して、多くの学識経験者や市民代表による検討会が必要なのかもしれない。まだまだ勉強が足りないことを自覚したのであった。