2008年を振り返る
2008/12/31記
 いよいよ本日で2008年も終わりになる。片づけの手を休め、今年を振り返ってみた。
 
 昨年の9月議会で『日本経済は円高や株式の下落などの不確定要素を抱えてはいますが、基本的にはアジア経済の発展にともなう好況な状況の中にあり(中略)アカデミアパークや市内各所に進出を検討する企業の引き合いも出ていると思います。』と発言していたが、景気がこれほど劇的に後退することは今年の10月頃まで想像していなかった。見通しの無さを恥じたいところである。
 さらにこの不景気が何時回復するかも全く見通しが利かない。
 生産設備や流通機構は災害や戦争などによる破壊を受けておらず、2001年のアメリカ同時多発テロのような恐怖の蔓延も無く、2002年に流行したSARSのような世界経済にダメージを与えるような伝染病が流行ったわけでも無いのに、金融に対する不信で受けた傷の大きさを把握することさえ出来ずにいる。
 韓国ウォンの暴落と日本円の高騰について、新聞の解説を読んで理解できても腑に落ちない。今年起きた現象を自分の言葉で説明できる自信がない。
 日本のバブル崩壊の際にさんざん批判を繰り返してきたアメリカ合衆国がそれ以上の悲劇に見舞われている姿を見ると、1994年1月17日に発生したロサンゼルス大地震を見て日本では同様の被害は発生しないと豪語しながら丁度1年後に阪神大震災に見舞われた日本の姿の裏返しのように見える。歴史から謙虚に学べ、という事を教えるための授業料はあまりに高すぎる。
 
 議会人として、今年は年に4回行われる定例議会の全てで個人質問を行った。都市イメージの向上、水道事業の広域化・戸籍事務の電子化、学校の耐震と再編・土木財産の維持管理・健康増進施設の運営、子供の育成施策・高度情報化施策等について行政サービスの高度化と一層の効率化を追求してきたつもりである。
 
 議会の中での委員会活動を振り返ると次のようになる。
 まず、基地対策特別委員会として2月に鹿児島県鹿屋市を視察し自衛隊周辺土地の活用実績と手法や問題点を把握し江川総合運動公園の拡張事業を進めてきた。
 建設常任委員会では10月に沖縄県那覇市とうるま市を視察し市営住宅事業や区画整理事業の成功事例を見てきたが経済状況や木更津市のスタンスなどが異なり上手く反映出来ずにいる。未だに市営住宅事業をどう進めるべきか自分の中で整理できずにいる状況である。来年は技術者の視点から金田や千束台の問題も深く掘り下げたいと思う所である。
 最後に広報委員会として来年2月のA4版化に向け紙面を一新するような取組に係り、12月に富津市議会への視察を行った。富津のような直営化は難しいが解りやすい紙面になる予定だ。
 
 会派としても2月の鹿児島市と熊本県天草市、7月に杉並区と岩手県宮古市と宮城県気仙沼市の視察を行い、11月13日に5項目(アクアライン通行料金値下げ運動の推進・木更津飛行場の有効活用の調査研究・市民活動支援制度の制定・市役所の土日祝祭日の市民サービス・給食センターへの炊飯設備の設置)の提案を行った。会派の活動が活発になってきたと市民から評価されている声も聞く。
 
 小学校の運動会や公民館の文化祭、自衛隊の盆踊りや航空祭、地域の敬老会や地元区の総会などにも出席を続けてきたが、その様な公務の間を選び1月に北京、2月に沖縄、4月に北海道、7月にソウル、10月にサイパンに行って来た。山も正月の丹沢山系大室山から年末の杓子山まで13峰に登ったし、充実した年であった。来年は春の知事選と県議補欠選挙、何時になるか解らない衆議院選挙などがあり日程も混んでくるだろう。
 
 12月に受けた健康診断で、元々高かった肝臓の数値以外に血圧や尿酸値も黄色信号が点ったのは日常的な運動不足が原因だったろう。来年は健康維持にも気を使わねばならないな、と思いながら1年の振り返りを終了したい。