八ッ場と鞆の浦に思う
2009/10/05記
 政権交代により、民主党のマニフェストに示された八ツ場ダムの中止を前原大臣が進めている事に対し、逆に税金を多く費やす事態になる可能性が指摘されている。
 新聞によると、八ツ場ダムは総事業費4,600億円で、3,210億円が既に投入されている。完成までに必要な残事業費は1,390億円なのに対し、建設を中止すれば2,230億円が必要になるので、工事を完成させた方が安く上がるという議論である。
 治水と利水の議論は立証が難しいので、コストと土地利用の面で思うことを書きたい。
 
 残事業費の内訳はダム本体工事関連費620億円と生活再建関連費770億円なので、本体工事は削減できるが生活再建関連は削減できないので、実質的な削減額は620億円である。将来的には、ダムの維持管理費やダムによる土砂流下阻害による河川下流及び海岸の浸食防止対策も必要では無くなるのでもっと効果が大きいと前原大臣は主張している。
 一方、建設を中止した場合は事業費を拠出してきた1都5県に対し返還する額が1,460億円であるので、先の生活再建関連費と併せると2,230億円になり、残工事費を840億円も上回る事に加え、新たに治水のために堤防強化や植林等の工事費が追加になるので工事を完成させた方が良いというのが推進派の主張である。
 
 八ツ場ダムの建設される群馬県の大学で4年間建設工学を学んできた私にとっては、建設現場の地元状況も良く解る。半分水没する吾妻渓谷の美しさも知っているし、現在は付け替え工事が進んでいる国道145号線は草津温泉への幹線道路でありながら水没が前提であったため線形改良のような大規模工事が行われずに小規模改良で放置されていた道路であった事や、JR吾妻線には日本で一番短い鉄道トンネルが有った事なども知っている。水没すると言われていた川原湯温泉の共同浴場には何回か入浴したこともある。反対運動については詳しくはないが、その激しさは上毛新聞で良く読んでいたものだ。
 地域住民は反対運動の矛を収め、建設後に向けて意思統一を確認した矢先にこの騒動であるから感情的に受け入れがたい事は理解できる。しかし、群馬県内に数多くあるダム湖畔の観光が振るっていないことも知っているだろうし、赤谷湖に沈む場所から移設した猿ヶ京温泉が特色のない温泉になっていることも気付いてはいるだろう。野反湖のように湖畔にキスゲが咲く高原ならいざ知らず、長野原では標高が低く、なかなか有力な観光地には成りきれないだろう。また、強酸性の草津温泉の下流にあたるため魚が豊富に住むためにはコストの掛かる中和処理が持続的に必要だとも聞いていたからダムに大きな期待を描いている人は少なく、諦観の境地に至ってしまったのではと思われる。
 
 そこで生活を送る立場でないし、利根川の水を飲まず地元の小櫃川に頼る私が口を出す筋合いでは無いことも充分承知しているが、計画を白紙に戻す前提ではなく、ダム湖に沈む予定であった広大な空間をどの様に活用するかという視点が有れば、この議論も変わるのではないかと思う。民主党が止めることはけしからん、と思考停止に陥ることなく、多くの建設反対論も具体的に検証し、今まで検討もされなかった事象も含めて、多方面から話を整理して結論を出すべきだというのが私の考えである。
 ただ、ダム工事に関係なく国道145号線の改良工事を進めて貰いたいというのは、長野原や嬬恋、県境を越えて菅平や上田の住民の気持ちというのも、長野県上田市民だった私には良く解る。
 1都5県に返還すると言われる1,460億円が、本当に千葉県にも帰って来るなら、変換されない地域から苦情が出ることになると思われるけど、遠い群馬で行われる巨額のダム工事より、地元の老朽化した県道の維持管理や改修に使用して貰いたいというのが個人的な感覚である。そのためには会計制度などの変更も必要だろうが、法を変えれば出来ない話ではないだろう。
 
 そのようにダムの議論が盛り上がっている時に、広島地裁で福山市の「鞆の浦」の景観を重視して公共事業を停止し、埋め立て・架橋計画の差し止めが認められたというニュースが入ってきた。公共事業に吹く風が変わりつつあることを感じさせるニュースだった。
 
 上の写真は10年前に行った鞆の浦で撮ったものだが、そこで既に反対運動が起きていたことも知っていたし、反対側の住民が提案するバイパストンネル案に説得力があることを技術者として見ていたから、今回の判決の画期的なことは認めるものの、国も建設を支援しない中で、何故広島県は計画を強行し続けたのか疑問が残る事例でも有った。やはり「無謬正」の弊害だろうか。
 ただ、今後は保全すべき景観や環境の線引きが議論になってくることを予感させる判決である。個人的な考えでは鞆の浦の埋立は反対であったが、圏央道の高尾山トンネルや外環道の市川区間の建設反対には賛同することが出来ない。と言うより建設を促進する意見である。一人一人の価値観が違う中で、悪戯に公共事業の全てが悪者扱いされることは断じて避けなければならない。
 
 さて、木更津市では現在進行中の千束台や金田の土地区画整理事業が無駄な公共事業だという意見を主張する者が少なからず居る。自治体の経営ベースで考えた場合、投資金額を税収で回収するのには長い期間が必要と予想され、利回りという考えに持っていくと費用対効果が低いことは事実だろう。
 千束台の場合は、中止の補償金を出す者が理論的にも居ない状況では、事業の見直しで投資額を抑えつつ、一刻も早く事業を終了させ、保留地処分等で収入を得て会計を封鎖し、金利負担を生じさせないことが被害を少なくする、最良の落としどころである。
 金田の場合は区画整理の網を被せたことで乱開発を防止することが出来たし、就業の場を増やすことで人口の定着を計る為には長い目で見た開発も必要だと考えている。
 公共事業に吹く風が変わる中で、全てを批判的に捉えるのではなく、止めるべき物と進むべき物の見極めが重要である事を、今更のように認識しているのである。