年賀状と公選法を思う
2009/12/26記
 郵便局のコマーシャルが『年賀状は25日までにお出し下さい』とコマーシャルしているが全く作成が遅れてしまい、26日(土)の内に投函してしまおうと朝から作業を進めている。ただ一昔前と違って作業の主体は私と言うよりパソコンとプリンターである。住所録の間違いや、喪中の情報を的確に反映したかなど、色々気は使うのであるが、やはり楽になったことは確実で、そのために作業の開始が遅れることに成ってしまうのである。
 
 市議会議員に成って、交友関係や知人は激増したが、年賀状の数についてはめっきり減少してしまった。それは公職選挙法の第147条の2に次のような規定があり、守っているためである。
 
『公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)は、当該選挙区(選挙区がないときは選挙の行われる区域)内にある者に対し、答礼のための自筆によるものを除き、年賀状、寒中見舞状、暑中見舞状その他これらに類するあいさつ状(電報その他これに類するものを含む。)を出してはならない。』

 平たく言えば、私は木更津市内に住んでいる人には、自筆による返礼以外の年賀状等を出してはならない、という事である。そのため、古くからの友人や恩師、仕事で世話になった人の多くに、当方から元旦に届く年賀状が出せなくなり、先方が送っていただいた年賀状に対してのみ返信を行っているため、先方も気を使うのか自然と数量が減ってきているのである。
 
 逆に木更津以外なら法的な問題はないので、大学時代の友人や元同僚などは相変わらずの年賀状交換を続けることが出来る。多くの人が年に1回だけの情報交換となってしまっているが、それぞれが活躍している場を知ることも嬉しく、また昔を懐かしむひとときが元旦に訪れるのも有りがたいものである。
 
 選挙区内の者に挨拶状を出せなくした公職選挙法は、本音で言えば有りがたい点も多い。あまりに数多くの付き合いがある中で、誰それには届いて俺の所に来なかった、という様な恨みを買うことも少なくなる。年賀状だけに留まらず寒中見舞い、暑中見舞い、さらには季節の挨拶まで、多くの候補者が空中戦を繰り広げることになると、資産の少ない者には不公平な結果が生じる事になると推察されるので、政治家の質を多様化するためにも悪いことではないと信じている。
 
 しかし、一方で選ばれた側には選んだ方に対して報告の義務があることを考えると、その有力な手段である文書による連絡を全て禁止される事は違和感が有る。公職選挙法でも後援会活動による通常の連絡は禁止していないので、後援会報を使用することでその問題を解決しているが、このようにホームページという電子媒体を使用する連絡方法は個人で行っている事との整合が取れていない。
 
 公職選挙法も有る程度浸透し、年賀状が届かないと苦情を言う人も聞くことはないが、市内に住む昔から付き合いのある方々には、元旦に届く挨拶を送りたいものだと、働き続けるプリンターに葉書などを供給しながら思っているのである。