伊勢の街並みに思う
2010/04/18記
 4月17日付けの房総ファミリア新聞の4面・5面で『みなとまち木更津の魅力発見』として、鳥瞰図パネルや浮世絵パネルを設置している情報が記載されていた。それを掲げている施設は金田屋洋服店や安室薬局、ヤマニ綱島商店、人参湯など木更津を代表するレトロな建物が多くあった。
 既に閉ざされてしまった東映の映画館も含めて、木更津西口の歴史的建築物を何とか残したいと思うところであるが、現状を見るとコインパーキングなどで街並みは虫食い状況に成っており、人通りは極めて少ない状況なので『残したい』という意志を具体化するときには公金の投入が求められそうである。
 
 レトロな街並みを活かして観光客を集め、経済的に自立している事例としては昨年7月30日に行政視察した川越市があげられる。行政は電線の地中化のようにハード面の整備やレトロな巡回バスの運行や『藏』の所有者と利用者を引き合わせるなどのソフト面での対策を講じているが、建物の維持管理については利用者が行っている状況なので、自立として考えて良いだろう。
 
 川越の藏街は重要伝統的建物群保存地区に指定されているという歴史的な財産があった。一方、意図的に古い街並みを新築して人を呼び込もうという試みをしている街として、伊勢神宮内宮の門前町である「おはらい町通り」の声を聞いた。一つ見て来ようではないかと、4月12日に雨の中を歩き回って思ったことを記載したい。
 
 内宮の間近に駐車されると門前町の賑わいが生じない事を危惧してか、「おはらい町通り」の反対側に無料の市営駐車場が設けられていた。そこに車を停め歩き始めると、いきなり地下道を飾る陶器の屏風絵に出会う。
 
 原画の所有は叶ヤ福で、維持管理は財団法人伊勢文化会議で行っていると記載されていた。
 
 叶ヤ福は伊勢土産で有名な餅菓子を製造販売している会社であるが、それだけでなく「おかげ横丁」の建設による観光客の誘致に対し国土交通省から濱田社長が『観光カリスマ』の認定を受けた(賞味期限偽装問題の頃に辞退したようである)。
 認定理由を引用すると『昭和60年代の伊勢神宮内宮門前町の往来者が年間20万人と低迷していたところ、古いまち並みを再現した「おかげ横丁」を建設、運営し、平成13年には年間290万人を集め、これからの地域おこしや商店街の活性化の一つの方法を示した。』とあげられている。
 「おかげ横丁」は名前に示すとおり、メインストリートから少し奥に入ったところに有り、人々の導線としては若干不利な所であったのだが、歴史的に重要な建造物でなくても、雰囲気を高めれば人が集まる実例を示したことになった。
 
 その成功を受けてメインストリートである「おはらい町通り」も街並みを統一させる方向に向かっているようだった。
 右の写真の民家などは新建材の外装だったものを、見える面だけ木材の外壁で化粧をし直しているものである。商店でもなく、生活には不便だろうが、地域全体のために協力しているのだろうと推察され、地域力を感じさせるものだった。
 
 個人が協力していれば公的な建物も見習うことが当然であり、左の写真は銀行の建物と、1軒置いて郵便局の建物である。新築のラーメン屋も同様に板の外壁と瓦屋根という建築様式を統一しており、歩いていて楽しい街並みを形成していた。
 この街並みに合わせるため、行政側は電線の地中化と石畳調の特殊舗装を行っている。また建物の改修についても補助金を出していると思われるが、その確認はしてこなかった。何れにしろ活性化していることは間違えないものと思っていた。
 
 
 しかし、最も内宮に近い数店舗だけは、依然として近代的な箱形の建築様式のままであり、非常に興ざめさせるものであった。立地条件に恵まれているので、わざわざ余分な改修費を出す必要を感じていないのだろうと勘ぐるが、先に挙げた民家の対応と比べて浅ましく思えてしまう。特殊な事情も有るかもしれないが、残念でならない。
 
 
 資本主義の世の中で財産権の制限が出来ない状況は解るが、電線地中化等の公金を地域に投入している以上、その地域の対応方針も責任を持って望むべきだろう、と他の市で有りながら考えていた。
 
 同様に木更津市を考えた場合、西口の活性という名目でこれまで多くの事業が行われてきたが、地域の人々はそれに答えるだけの自主努力をしてきたのだろうかと考えざるを得ない。この伊勢の街並みの不連続より問題がある賑わいの不連続を演出している事例も多く見られる。叶ヤ福のまねをすることは難しいだろうが、せめてあの民家の持ち主程度の責任感を果たしてくれれば、等と考えながらこのページを記載している。