ワールドカップに思う
2010/06/26記
 昨日(25日)未明のサッカーワールドカップ南アフリカ大会予選突破となるデンマーク戦の勝利で、新聞もテレビもサッカーに染められている。かく言う私も午前3時半に始まる試合に盛り上がり、歓喜の中で夜明けを迎えてしまった一人である。
 引き分けでも良い試合なのに積極的に攻め、芸術的な2本のフリーキックを決め、それでも守備的に試合を運ばない姿勢を見せられると、大会開始前の不振だった頃の思いも一掃され、岡田監督が名将に思えてくるから不思議である。
 
 6月13日の夜にオーストラリア上空に帰還を果たした『はやぶさ』は人類史上最初に惑星との往復を成し遂げた人工衛星であり、苦難を乗り越えた偉業を思うと日本の技術力の高さに脱帽した。
 さらに、南アフリカで戦う選手達の活躍によって一層活力を呼び起こすことになり、たとえ梅雨の雨が続いていても気分は爽快に過ごす事が出来ている。日本の明るい未来が直ぐ側に待っている気までしてくる。
 
 ワールドカップというと8年前の日韓大会を強く思い出す。大会期間中は四市合併法定協議会設置を求める署名活動の期間と重なり、ロシア戦も長浦駅前の署名を手伝い、そのまま駅前の居酒屋で見た事が懐かしい。
 
 ただ、ここ数日の間には深く考えねばならない記念日もあったが、サッカーの勢いで通り過ぎそうに成っている事には心が痛む。
 具体的には23日の沖縄戦終結65周年と、25日の朝鮮戦争勃発60周年である。
 沖縄は戦争終了の後で生まれた人が大勢定年退職するほど時間を経ているのに、未だに米軍による実質的な占領が続いている状況であり、ヤマトの人達は見て見ぬ振りを続けている事が普天間の迷走の中で明らかになってしまった記念日であった。
 朝鮮では3月26日に生じた哨戒艇『天安』の沈没が北朝鮮潜水艦による魚雷攻撃によるものという調査報告書が出されたように、60年経った現在でも終結を向かえていないばかりか、核実験や長距離ロケットの開発なども加わりより不安定になっている事を思い知る記念日である。
 双方の記念日とも、東アジアでは冷戦時代の遺物が残っている事を理解するよい機会になっただろう。
 
 それよりサッカーで忘れ去られようとしているのは参議院選挙である。新聞もテレビも無視はしていないが、明らかに例年に比べ扱いが小さい、というよりサッカーに奪われている。
 
 29日深夜に行われるパラグアイとの試合に勝利すると、次は4日(日曜日)の未明にスペインかポルトガルとベスト4を掛けた試合が行われる。岡田監督の目標通りこの試合も突破すれば、8日(木曜日)の未明にアルゼンチン・メキシコ・ドイツ・イングランドの何れかと決勝進出をかけた試合が行われる。ここも勝てば決勝に進出だが負けても3位決定戦が行われる事になる。仮に3位決定戦に回ったとすると11日(日曜日)の未明に試合が行われるし、決勝に進出しようものなら12日(月曜日)の未明に試合が入ることになる。
 言うまでもなく11日は参議院議員選挙の投票日である。未明に行われた3位決定戦で寝過ごすか、その日の深夜に行われる決勝を見るために昼間は寝てしまうか、それは解らないが、国民の多くが明るい日本を創ることに期待して投票に言ってくれることを願うばかりである。