自殺報道に思う
2012/07/12記
 近頃、滋賀県大津市で起きたいじめによると言われる中学生の自殺に関する報道が繰り返されている。
 平成23年10月11日に大津市内の中学校に通っていた2年生の男子がいじめを苦にマンションから飛び降りて命を絶った事件で、犯罪と言えるような壮絶ないじめの内容だけに留まらず、加害者といわれる同級生3人とその親族が反省の色を見せないことや、教師は知りながら放置していたこと、学校がアンケートで事実を把握しながらそれを隠蔽した上に生徒達に口止めしたことなど問題が重なり、大津市教育委員会の対応にも批判が集中し、連日の報道となっている。
 
 加害者の1人の保護者がPTA会長だったことや、搬送先の病院が不自然に遠いことなど、週刊誌のネタに成るような話題も多く、憤慨した人や便乗した人などで、ネット上に加害者情報が流出するだけに留まらず、デマや憶測で無関係ない人の所に抗議電話が殺到したり、行政や学校に脅迫行為ととれる行為がなされ、逮捕者も出る事態になっている。
 例えば中学校に対し、生徒の実名や事件の調査結果を公表しなければ生徒を無作為に殺害すると書かれたはがきやカッターナイフの刃が入った封書や、いじめに関わった生徒や教員が公に謝罪しなければ校舎を爆破すると書かれた脅迫状が届いたりしているようだ。対象は学校に留まらず、自治体や市教育委員会、警察署にまで成っているという。
 さらに昨日も、滋賀県知事に「3人の内1人を殺せば、もうこれから後このような事はなくなると、今考えています。私でも、これからの日本に役立つと思えば、やります」と書かれた葉書を送った愛知県の69才の男が脅迫容疑で逮捕された。
 連日の報道で義憤にかり立たされたのか、それは解らないが、明かな便乗犯であり、大きな社会運動のようになっている。学校も脅迫に対して臨時休校をしたり、社会的混乱が生じる事態になっている。
 
 現在裁判中の今回の事件で、直接の殺害でない事や少年法の壁があり、加害者側の刑事責任が問えない可能性は高いようである。そうなるとネット等で社会的に抹殺しようという動きが強まるのだろうかと心配している。
 それより心配なのは、現在いじめを受けている全国の子どもたちが、いじめている加害者に対する第3者の復習を期待して自殺への道を歩んでしまわないかという事である。
 子どもには、学校以外の世界が大きく広がっている事を知ってもらい、転校を含め、いくらでも新たな生活が始められる希望を持つことで自殺への考えを思いとどまってもらわねばならない。
 報道機関も、今回の事件を過熱報道するのではなく、現在全国で進行中のいじめを防止するようなキャンペーンに力を注いで頂きたいものだと、連日の報道を聞きながら思っている。
 
 ※7/15追記
 上記について次のようなご意見(抜粋)が寄せられた。返信も兼ねて追記として思う事を加える。
 
 『自殺報道に思う』について、感じたことを書きます。
 大津の事件は、『いじめ』ではなく『暴行』だと思います。『いじめ』は被害の種類も多く、被害者・加害者の線引きも難しい。とりあえず全部ひっくるめて『いじめ』とした、大人の都合で出来た言葉だと思います。でも今回の事件は明らかに『暴行』されているのに、大人も子供も『いじめ』として扱い、その場で被害届を出さなかったばっかりに悲しい結果につながったと思います。
 < 中略 >
 また、過激な第三者がいることも悲しい事実ではありますが、そのほとんどが事件とは全く関わりがない大人だという事が、『いじめ』がなくならない原因の一つでもあると思います。心無い大人が原因で子供が傷つく事が一番悲しいです。
 今、『いじめ』を受けている子供たち・『いじめ』をしている子供たちが、大人からどんなケアを受けることができるかがその子たちの将来を左右すると思います。また、『いじめ』に関係した子供たちの教師・保護者・家族のケアも必要です。
 < 後略 >
 
 確かに『いじめ』という言葉の中には嘲笑や無視といった精神的苦痛を伴うものから恐喝や暴行に及ぶものまで多くの現象を包括して使用されている。
 校内で先生が生徒の頭を小突くと『体罰』という禁止行為をしたと大騒ぎになるのに、生徒間の暴力行為が『いじめ』として把握されにくくなるという事は正しい対応でなく、まさに『暴行行為』として『いじめ』とは区別して適切に処置するべきであったという事は私も賛成である。
 但し、生徒に対して一方的な権限を持つ先生が教育委員会の管理の元で処分される事と、義務教育として他の生徒と対等な立場で居る生徒を同じ基準で考えることが難しいことや、暴行行為の認定のため警察や司法を頻繁に教育現場に介入させることが良いとも思えず、運用にあたっては現場が悩むだろう事も理解できる。
 
 今回の大津の生徒は耐えきれずに『自殺』という手段を選んだ。その経過のひどさや結果の大きさには別途色々思う事もあるが、過熱報道により『事件とは全く関わりがない大人』が参入して地域の混乱を招いたり、『関係した子供たちの教師・保護者・家族』に耐え難い苦痛を与えることが心配なので、過熱報道を止めるべきだ、というのが前回の趣旨である。
 誤解無いように敢えて書くと、この事件を無視すべきだと言っているのではない。ご意見に記載されているように関係者のケアも重要な問題では有るが、例えば爆破予告や殺害示唆などで個人の心や地域社会に「深い傷を負わせないよう、あまり大騒ぎをせず、もちろん隠蔽をすることなど無く、冷静に関係者と有識者で情報を公開しながら対応すべき問題であると、私は思うのである。
 
 正直な話、好奇心を満たすための報道にはウンザリしているのである。怒りを大津に向ける前に自らの地域で同じ問題が生じていないかという感心を持つこと、そして地域の子どもたちのために何をするべきか周囲と話し合うこと、さらにこのような放送時間が有れば被災地の今を伝え東北へ誘う方が報道の意義が高いこと、などを思いながら書いていたのである。
 
 
 ※7/18再追記
 今回の過熱報道で、現にイジメを行っている子どもたちが、場合によると自殺につながり、大きな問題になる事を認識することで、イジメを止めたり、周辺が停めたりする効果が期待できると、PTA経験者が私に話してくれた。確かにその効果は期待できるし、イジメについての国民的議論が起きることは悪くないのかも知れない。
 そう考えると、ウンザリするより、この事件を将来に向けて前向きに捉えるべきかなとも思えてきた。