デザインと維持を考える
2014/10/06記
 富津市の財政破綻会見以降、富津市は危機的状況にあり、それに比較して三井アウトレットパークの増床やイオンモール木更津の開店で勢いが出ている木更津市の将来は明るいのでは、と住民から言われるようになった。
 確かに、私が議員に成った頃に進められていた『木更津市行政経営アドバンスプラン』(平成17年度〜平成21年度)の頃に比べ建設的投資が増え、歳出を如何に削るかという意識が落ちてきている事は感じている。
 その上、巨費を投じる必要があった新市役所も建設費の高騰のために先送りとなり、それに予定していた事業費を他の事業に回すことが可能になったと考えたのか、住民からも議員からも多くの事業要請が行われている。かく言う私も巌根駅の整備による快速停車を求めているので、その中の一人であることは自覚している。
 
 最近の建設事業の多くは平成27年度で補助が打ち切られるのではと心配される学校耐震事業であり、多くは老朽化対策が遅れていた物を『耐震』の名目で改修している事業であるが、中には木更津駅西口広場改修や金田総合バスターミナル整備のように、億の単位になる大型の事業も進められている。この先は人口増加が著しい請西南地区や開発が進む金田東地区に公民館を新設するというような話まで聞く。本当にそんなに財政にゆとりがあるのだろうかと立ち止まって考えてみたくなる。その様な意味で現在見直し中の長期財政フレームの発表が待たれると私は考えている。
 
 さて、今回の話はその様に進められる事業におけるデザインと、その維持管理について、私が平成8年から12年にかけて担当してきた「ちはら台」や「おゆみ野」の現状を先日(2日)見てきた事から考えた事を記載したい。
 両団地とも都市整備公団(現在の都市再生機構)によって整備され、「ちはら台」には「上総の道」、「おゆみ野」には「四季の道」という大規模な歩行者専用道路が整備され、歩車分離を成し遂げている。子どもたちの通学の導線は車道と交差することが希で、交通事故のリスクを回避できる他に、散歩空間の充実で住民の健康維持にも貢献している物と思われる。
 
 計画が進められたのは日本がバブル経済で華やかであった頃であり、それが弾けた後でモノレールの計画等は白紙に成ったが整備グレードは高く維持された。従って歩道の舗装にはアスファルトだけではなくタイルや石が多く使われている。 
 植裁も大きくなり、落ち着いた佇まいで質感の高さは流石だと思ったが、細部に目を凝らすとタイルや石が外れて出来た穴や、それをアスファルトで埋めている事が目についた。
 これは様々な素材を使って作られているためで、維持管理を行う者にが同じ素材を持ち合わせていないと舗装を復旧することが出来ないためである。穴に躓いて怪我すると、行政には管理責任が問われることになるので、取り急ぎ汎用性のあるアスファルトで埋めることになるのである。これは市原市や千葉市だけの問題だけでなく、同じ現象は木更津の富士見通り等で見る事ができる。
 街の印象やグレードを上げるためデザイナーはタイルや石を使いたがる。私もアスファルト舗装や、その上に塗料で色を付けた物は安っぽく感じることは事実である。しかし運用されている現状を見ると、高価になりながら惨めな結果ではと、悩む話しである。
 現在、進められている景観計画ではどの様な評価がされるか解らないが、維持管理が行われる数年後の姿を考えることは重要だと思う。
 
 もう一つ気が付いた点は、案内看板の現状である。
 左の看板は都市整備公団が設置した物で、素材はステンレスの丈夫な物だから錆も破損も出ていないが、上に書かれたインクの殆どが失われ何を書いてあるのか読むことが困難であった。
 街中の看板でも、注意を引きたい部分を赤の塗料で記載しているが、赤は最も色あせしやすい塗色であり、一番伝えたい部分の文字が読めなくなっている物をよく見る。今回ほど全く見えなく成っているものは珍しいが、考えねば成らない視点である。
 なお、長期的に安定する物は陶器の色で、案内看板を焼き物で作っているケースも時々見る。高額になる上に状況変化への対応が難しい。
 
 そんな中で「おゆみ野」で発見したのが右の写真である。緑の案内板と題された看板は地域で管理されており、地域のイベントの案内等もタイムリーに出され、活きた情報を入手出来る。
 舗装の維持管理などは地元に任せることは難しいが、歩行者の為になるような案内看板などは地域に作成や管理をしてもらうことの方が情報が新鮮で、その為に補助金を出しても行政がデザインに凝った看板を作るより良いのではないかとも思えてきた。
 数年ぶりの「ちはら台」から「おゆみ野」を歩きながらそんな事を考えていた。