豪華クルーズが終わる
2017/09/19記
 議会は明日から決算審査に入るが、その直前である昨日から今日にかけて、木更津港のクルーズ船運行実証実験として日本クルーズ客船株式会社所有の「ぱしふぃっくびいなす」による熱海花火大会を見学する1泊2日の船旅が実施され、それに妻子を伴って参加してきた。
 このツアーは日東交通株式会社が主催し、仮に定員を大きく下回って負債が生じた場合は市が赤字を負担するという契約の元に始められたのであるが、蓋を開けてみれば予約開始から電話が殺到し、30分程度で完売したという企画である。従って市の負担は殆ど無いのだが、シャトルバスの運行や港湾での仮設柵の設置や警備などに千葉県の予算を使用させていただいた。多くの方々が乗れずに悔しい思いをしたところを、市役所側の事前予約において乗船させていただいた立場からせめて感想を報告したい。
 
 
 今回のクルーズは台風18号の影響で出港イベントが中止され、出港時間も当初の12時から15時に遅れたため、バスに乗るための集合時間も9:30から12:00に変わるなどのアクシデントも有った。しかし、その分天気は快晴となり、富士山を遠望したり伊豆半島や伊豆大島の海岸線を間近で見ながらの快適な23時間の船旅であった。台風によるうねりは小さいと感じていたが、私の妻を始め、船酔いをしている人は少なからず居たようである。
 
 運行する日本クルーズ客船株式会社は、かつて日本チャータークルーズ株式会社として「おりえんとびいなす」という船を所有して運航していた。個人的には現在の渡辺市長が千葉県下の青年会議所で構成される千葉ブロック協議会の会長であった2000年夏に小笠原までの船内研修が企画され6月14日から6月18日までの4泊5日の船旅をさせていただいた会社である。
 その研修はメニューも多く連日、早朝から夜まで続いた上に、研修終了後は参加者と深夜まで酒を酌み交わしながら意見交換を続けていたから豪華な船旅と言うにはほど遠い、ひたすらハードで「ゆったり」とした船旅ではなかった。
 
 ツアー料金は最低3万円からと募集されていたが、1室に2名で参加を前提としており、ソファーベットを利用して3名で宿泊した場合は2万4千円から利用できた。ただし今回のツアーでの料金であり、この直前に日本クルーズ客船株式会社が企画した横浜港発着の『秋の南紀・瀬戸内 しまなみ海道クルーズ 4日間』では最低料金が13万1千円であったようだ。
 最低価格の部屋でも部屋は充分な広さがあり外が見える窓もある。ただし荒れた場合は窓が割れて浸水を防止するためか、ハッチのような丸窓である。それでも食事は上級クラスの一部を除けば一緒の豪華な食事が出され、ディナーでは上記の写真のように生バンドも楽しめた。
 
 「ぱしふぃっくびいなす」は石川島播磨重工業が1998年に竣工した船で、総トン数は26,518トン、全長182.9m、旅客船室数は238室で最大定員は696名というスペックである。既に20年近い歴史を重ねているが、その間に世界では大型のクルーズ船の竣工が相次ぎ、現在世界最大と言われている2009年竣工の「オアシス・オブ・ザ・シーズ(Oasis of the Seas)」は、225,282トンで全長361.0m、最大旅客定員は6,300名であり、乗組員だけでも2,160名といわれる規模である。
 日本船籍では贅沢で優雅な方向に向かっていたクルーズであるが、国際的な傾向は1泊あたり1万円程度とホテルなみの価格であり、それを前提に近年は中国で特に運航が増えている。これは規模が大きくなることによる単価の下落だと考えることが出来る。福岡や長崎まで往復しても飛行機によるツアーと遜色無く、飛行機で有れば多くの追加費用が発生するほどのお土産を大量に購入しても問題ないというということがクルーズ船の魅力だと、かつて九州で聞いたことがある。
 ちなみに木更津港の水深は世界最大級の船でも問題なく、東京港や横浜港のように高度制限がある橋も存在しない。ただし現在の港湾では船を係留するための係船柱と、接舷時の衝撃を和らげるため防舷材のスペックが不足しているため、港湾管理者である千葉県によって改良工事が行われている。今回の「ぱしふぃっくびいなす」は2万トン程度しかないので既存の設備であっても何ら問題はなかったが、係船柱は既に新しいものになっていた。
  
 今回乗船された方々の中にはクルーズ船の経験が多い方も居たとは思われるが、私には実質的に初めての経験である。しかしながら船で泊まることは数多く経験しており、記録に残るところだけでも今回が39回目、44泊目であった。
No 区 間 乗船日 泊数 備考
1 函館 野辺地 1983.07.29 1 津軽海峡
2 東京 伊豆大島 1985.03.18 1 伊豆諸島
3 日向 川崎 1985.08.16 1 長距離船
4 東京 那智勝浦 1988.02.07 1 長距離船
5 敦賀 小樽 1988.04.28 2 長距離船
6 高松 大阪 1989.05.03 1 瀬戸内海
7 東京 八丈島 1989.09.14 1 伊豆諸島
8 新潟 小樽 1989.12.28 1 長距離船
9 室蘭 大洗 1990.01.05 1
10 東京 那智勝浦 1991.07.23 1 長距離船
11 那智勝浦 東京 1991.07.26 1
12 佐伯 八幡浜 1992.01.05 1 瀬戸内海
13 大阪 那覇 1992.10.31 2 長距離船
14 那覇 基隆【台湾】 1992.11.06 2 国際航路
15 那覇 石垣 1992.11.16 1 南西諸島
16 新潟 小樽 1993.07.17 1 長距離船
17 小樽 新潟 1993.07.25 1
18 小倉 比田勝 1994.05.04 1 対馬航路
19 大阪 宮崎 1995.04.26 1 長距離船
20 新門司 大阪 1995.05.05 1
21 室蘭 八戸 1996.08.06 1 津軽海峡
22 喜界島 鹿児島 1997.01.05 1 南西諸島
23 博多 釜山【韓国】 2000.05.04 1 国際航路
24 釜山【韓国】 下関 2000.05.06 1
25 東京 小笠原父島 2000.06.14 2 小笠原
26 小笠原父島 東京 2000.06.16 2
27 横浜 利島 2001.03.16 1 伊豆諸島
28 東京 八丈島 2001.09.05 1 伊豆諸島
29 東京 御蔵島 2001.09.13 1
30 那覇 平良 2003.01.03 1 南西諸島
31 鹿児島 中之島 2004.04.30 1 南西諸島
32 名瀬 志布志 2004.05.04 1
33 東京 小笠原父島 2005.04.02 1 小笠原
34 小笠原父島 小笠原父島 2005.04.03 1
35 小笠原父島 東京 2005.04.06 1
36 那覇 石垣 2006.02.13 1 南西諸島
37 石垣 那覇 2006.02.21 1
38 大洗 苫小牧 2006.03.17 1 長距離船
39 木更津 木更津 2017.09.18 1 クルーズ
小計 44
 上記の大多数が自転車による日本走破の旅の途上で乗ったものであり、中には伊豆諸島への5回の航海のように東京出港が夜であるため必然的に宿泊を必要とされるものもあるが、多くはホテルに泊まる程度の費用で有りながら目的地近くまで移動させてもらえるというメリットを感じて使用した記憶が甦る。そのため、食事も基本的には船内ではなく、出港する街の居酒屋で充分に味わっており、2泊のような長い航路では船内のレストランを使用するが、乗船前に購入したカップ麺や弁当等で腹を満たしていた事も数多くある。それでも私の価値観では今回の上品な食事の付いたクルーズに比べ遜色無く、今回の船旅で、議員になる前まで頻繁に使用していた長距離船を、今後も時間が許せば使ってみたくなってしまった。
 
 今年の人気が高かったので来年以降もクルーズ船が就航される可能性が高いが、海外での情勢のように、手軽に利用できる価格になれば利用者も増えてくるだろうと考えながら、熱海の花火や船内での食事についての感想もないまま、今回の記載を終了させていただく。