花蓮に思いを馳せる
2018/03/22記
 先月6日の23時50分(日本時間では7日の0時50分)に台湾花蓮県近海の深さ10km地点を震源とするマグニチュード6.0(台湾中央気象局)の地震が発生し、私もかつて宿泊したことのあるホテルの「統帥大飯店」を始めとした多くのビルが倒壊し多数の死傷者を出した「2018花蓮地震」から44日を迎える。
 地震発生直後は多くの映像が入っていたが、被害の規模が花蓮市街だけに限定された事や外国の地震という事もあってか、2年前の熊本地震のように継続的に現状が報道される事も殆ど無くなっている。余震による被害が発生していない事を願いたい。
東日本大震災から7年目となった今月11日頃には復興の問題を特集した放送も多く流されたが、地震後の花蓮市はどの様に復興していくのか、気になっている所である。
 
 台湾の花蓮市にある「花蓮青年商会(以下「花蓮JC」と示す)」と1994年に「かずさ青年会議所(以下「かずさJC」と示す)」と名称を変更した当時の「木更津青年会議所(以下「木更津JC」と示す)」が姉妹締結をしたのは1969年の事である。双方とも1965年に設立した団体で海外に姉妹JCを持ちたかったという事情が一致したという事もあるが、1972年の日中国交正常化に伴う中華民国(=台湾)を国家として認めないという日本政府の方針以降、日台を繋ぐ民間交流の一翼を担い続けてきた。
 私が1990年に木更津JCに入会し、2004年に40歳となって卒業するまでの16年間に姉妹会議で花蓮市を訪れた回数は5回で、さらに卒業した翌年と締結40周年を迎えた2009年の2回も訪問して花蓮JCメンバーと杯を酌み交わしている。それに加え、1992年の台湾への自転車の旅でも花蓮市に泊まっているので、合計8回も訪問したことのある都市である。
 これは私の訪れた海外の都市の中で中でダントツの最多訪問であり、国内でも山陰や四国の都市でそれほど訪れた都市は無いと思われる。つまり花蓮市は私にとってそれほど馴染みがある都市に成っているのである。
 今回の震災では花蓮JCのメンバーに人的被害は発生しなかったようだが、それでも震災を受けて何か出来ないかなと思っていたところ、今年の鈴木理事長が先方の花蓮JCに送金して被災された方々のために役立てるための義援金の募集を呼びかけてきたので対応させて貰った。他にも多くのOBや県内のJCの有志、木更津ロータリークラブの皆様も同じ気持ちでいたようで、震災からほぼ一月が経過した3月8日に1,131,884円を送金したという報告が送られてきて安堵したところである。
 
 台湾は東日本大震災で最大の支援をしていただいた「国」で、日本による50年の統治という歴史を経てから中華民国となり、蒋介石による長い反日教育が有りながらも、現在でも親日国として身近な友人で居てくれている。
 現在でも形式上は国交がないので日本側の交流協会、台湾側では亜東関係協会を置いて大使館の代わりにしている。もちろん毎日沢山の船舶や航空機が往復しており沢山の人的交流が有る中では有るが、形式的でも国として認めていないのは忍びない。
 震災後に花蓮市を訪れる観光客が激減したと聞くので、力になりたいと思うところであるが、来年に姉妹締結50周年があるのでその際に日程の都合をつけて訪問したいと考えている。
 
 事によると、今年のうちに花蓮市ではなく、同じ台湾でも木更津市が友好都市を締結した苗栗市を訪問する可能性が有る。すると2年続けて台湾に行くことになるかも知れないが、それも良かろうと思いつつ、花蓮に思いを馳せて今回の記載をした。