オウムと平成を考える
2018/07/06記
 本日の朝、娘を保育園に送って自宅に戻ると、オウム真理教の起こした一連の事件で死刑が確定していた7人の受刑者【松本智津夫(63)・早川紀代秀(68)・井上嘉浩(48)・新実智光(54)・土谷正実(53)・中川智正(55)・遠藤誠一(58)】の死刑が執行されたという報道があった。
 今回死刑が執行された多くの実行犯は優秀な大学を卒業しながら現実社会に適用せず、怪しげな宗教に走って組織の中で価値基準の判断が失われ無差別殺人となる犯罪を実行している。殆ど同世代の犯行は、気が着けば身の回りにもその予備軍が潜んでいるのかと、当時は不安を感じたものである。
 
 1986年に大学を卒業した私は、バブルの足音が聞こえ始める中で社会人としての生活を開始した。それまでの日本は優秀な商品を製造して世界市場に送り出すことによって発展と繁栄をして来た事に対し、バブルの時代には証券会社や不動産会社を通して投機的な商取引をしている者達が富を手にする拝金主義的社会が訪れ、それに疑問を感じていた事が思い出されてきた。
 では、ここで平成になってから麻原彰晃こと松本死刑囚が逮捕されるまでの7年間を振り返ってみよう。
 
 1989年1月7日に昭和天皇が崩御され平成が始まった。その年の11月に坂本弁護士一家殺害事件が発生し3人が死亡するが発覚するのはサリン事件の後になる。同じ月にベルリンの壁が崩壊して東西冷戦が終結した印象が世界に広がり、バブルの好景気の中で「平成」という新しい時代に明るいものを感じていた。
 1990年の第39回衆議院議員総選挙には麻原彰晃を党首とする真理党が選挙に臨む。全国的に候補者を擁立して全敗する。株価はこの頃から下落し始めるが、バブルが崩壊するという自覚を持つものは少なかっただろう。
 1991年2月に51ヶ月続いた経済成長が終了し、バブル景気の崩壊が進む中で「失われた20年」が始まる。同年12月にはソビエト連邦共産党が解散されゴルバチョフ大統領の辞任とともにソビエト連邦が解体された。
 1992年10月には中国が外貨導入を進めて急成長を開始する中で今上天皇が中国を初訪問し、日本から中国への企業移転が進み、国内の生産力に空洞化が加速する。
 1993年8月には非自民・非共産8党派の細川連立政権が成立し、政治の世界でも昭和が終わった感覚が強くなる。またこの年は全国的に冷夏で米不足が発生し、輸入米が流通する。
 1994年3月で私は道路公団を退職し8年ぶりに木更津に戻ってくる。その年の6月22日に1ドルが100円を切る円高に進む。27日には松本サリン事件が発生し7人が死亡。29日に自社さ政権で社会党の村山首相が誕生した。
 1995年1月17日に阪神大震災が発生。3月20日に地下鉄サリン事件が発生し10人が死亡(その後2人が死亡したので地下鉄サリン事件の死者は12人とされている)。22日に警察の強制捜査がオウム真理教の施設に入り連日テレビは震災を忘れたかの様にオウム報道を続ける中、5月16日に隠し部屋に潜んでいた麻原(松本)が逮捕さて、裁判を経て今日の処刑に至るのである。
 
 平成に成ってからの歴史を振り返ると、僅か数年間で東西冷戦の終結や大規模災害の発生が続き、経済の崩壊と国内政治の流動化が起きる中でオウムの事件が生じた事が解る。これから日本が何処に向かっていくのか不安が広がる中、団塊ジュニア世代が学校を卒業し、非正規雇用の中で結婚・出産を諦めた人達が増えて日本の人口構成が危機的な状況になっていく。現在の日本の問題はこの頃に芽生えていた事であったのだ。
 今になってオウム真理教を振り返ると、平成になってからの不安の時代の象徴として思い出される事が多い。現在でもこの後継組織が活動を続けているという事には驚かされるが、現実には過去の話となっている。麻原の逮捕から既に23年を超えているのである。上記の7年間の出来事についても平成生まれの殆どは、もはや歴史となっていることであろう。
 主な3件の事件でも22人が亡くなっているが、教団内で信者が多く殺されており、事件として明らかになっていない行方不明者も多数に登っていると聞いている。多分、全容を知っているものすら居ないだろうと思うが、死刑執行によって明らかになる機会を失った事件も数多く有ったことだろう。
 
 日本でオウム騒動が一段落した後は、静かに日本経済の崩壊と東西冷戦時代の解体が進み、自由主義陣営の勝利に謳歌する中で冷徹な市場主義が拡大し世界を席巻する。また1995年に発売された「Windows 95」に象徴されるようにコンピューターの普及とインターネットを通じたボーダレス化が急速に進む中、世界の貧富の差は一層拡大していく。それでも発展途上国の内戦の多くが集結を迎え、特にアジア諸国は急激な成長を開始する。
 2001年9月11日にアメリカ合衆国内で発生した同時多発テロ事件で、アメリカの仮想敵国がソ連からアメリカに従わない諸国に移り、2011年頃の「アラブの春」によって独裁政権の民主化が進んだと言われているが、実態はアメリカ資本主義に飲み込まれたという事で、現在でもシリアでは深刻な内戦が続いている。
 2008年9月15日にリーマン・ショックが発生し、世界経済が一斉に停滞を迎える中で中国は経済成長を続け、2013年秋にはアジアインフラ投資銀行を発足させると供に、返済能力の低い国家に対して中国が多額の貸付を進め、その利子の代わりに港湾や空港の使用権を確保するという、中国経済圏への飲み込みも進められている。
 2009年9月16日には鳩山由紀夫内閣が発足して民主党政権が始まり、その後の混迷は日本国民から政権交代だけでなく政治全体に対する失望を生じさせる中で、2011年3月11日に東日本大震災が発生した。多くを失い日本の凋落が極まったように感じたが、震災でも毅然とした日本の社会を示すことで逆に自信が高まり、現在はオリンピックを契機に深刻な人口減少社会も乗り越えていけると信じたい。
 
 来年の4月末で平成が終わり次の時代が開始される。残り10ヶ月を切ったところで一連のオウム事件の区切りが始まった様だ。まだ死刑囚は6人残っているが、この執行もこの時代の中で行われるのだろうかと考えつつ、今までの時代を振り返りながら、このニュースを聞いていた。