災害の続く今年を思う
2018/09/25記
 今日のお昼のニュースを聞いていると、節電が続いていた北海道の主力発電所である苫東厚真発電所で本日未明から出力が最も大きい4号機が予定を前倒しして再稼働を始め計画停電のような自体が回避されたことと、大阪府高槻市立寿栄小学校のブロック塀が倒壊して小学4年生の女の子が死亡した事故に対し高槻市が保護者に解決金を支払って和解する方針を決めて市議会で関連議案が可決されたことを伝えていた。どちらも今年の地震に関するニュースである。
 
 振り返って考えると、今年は1月23日の群馬県草津町の草津白根山の噴火(1名死亡・11名損傷)に始まり、およそ3/4年が過ぎたところなのに多くの自然災害が続いていると感じている。
 
 6月18日7時58分頃に発生した大阪北部地震はM6.1の規模で最大震度6弱を大阪府大阪市北区・高槻市・枚方市・茨木市・箕面市の5市区で観測し、被害はニュースに有った小学生を含め死者5名、負傷者435名、住家の全壊12棟・半壊273棟・一部破損41,459棟という規模であった。この地震を契機にブロック塀の危険性が改めて認識され、木更津市でも多くの学校で対策が立てられ、今議会の補正予算にも多くの対策が盛り込まれていた。
 
 次に7月6日から8日にかけて11府県で大雨特別警報が発令された西日本豪雨により死者は200人を越え「平成最悪の水害」が派生した。被害は朝日新聞によると9月6日現在で死者227名、行方不明者10名、負傷者421名、道路や鉄道といったインフラの遮断は膨大な箇所で発生し、住家の全壊6,296棟・半壊10,508棟・一部破損4,379棟、床上浸水8,937棟、床下浸水20,545棟という甚大な規模であった。特に市街地が水没した倉敷市真備町でハザードマップの再確認が行われたが、その教訓を今でも活用しているのか、既に過去の記憶に成っているような気もする。
 
 そして9月4日に25年ぶりに「非常に強い」勢力のまま徳島県に上陸した台風21号は大阪湾で第二室戸台風の時を上回る3mを超す高潮を観測し、関西国際空港の想定を上回る高潮に遭い滑走路や発電施設が浸水した。また、最大瞬間風速58.1mを記録した関西空港では連絡橋にタンカーが衝突して橋脚を破壊し、一時孤立状態となっただけでなく、その後の物流の混乱も生じさせ甚大な経済的損出も生じさせている。消防庁によると台風の直接的な被害は死者13名、負傷者912名、住家の全壊9棟・半壊46棟・一部破損21,920棟、床上浸水28棟、床下浸水191棟という規模であった。停電も一時は224万7千戸に達し、雨による被害は比較的少なかったが都市部での強風がどの様な被害を生じさせるのか、改めてその脅威を感じさせた。
 
 台風21号の被害の全貌が明らかになる前の9月6日3時08分に発生した北海道胆振東部地震はM6.7の規模で、北海道厚真町で最大震度7を記録し、他にも震度6強が安平町・むかわ町、6弱が札幌市東区、千歳市、日高町、平取町などで観測された。苫東厚真火力発電所の緊急停止で発生した「ブラックアウト」により全道295万戸が停電し、千歳空港も一時使用不可能になった。関西と北海道で同時に大規模停電と国際空港の使用が不可能になるといった事態は極めて異常である。直接的な被害は消防庁によると死者41名、負傷者681名、住家の全壊139棟・半壊242棟・一部破損1773棟という規模であった。自民党の総裁選挙も開始が遅れ、木更津駐屯所の航空祭も一般公開が中止になった。
 
 この様に地震や水害での被害も著しい年であったが、猛暑の被害も大きく、消防庁によると7月の熱中症による搬送人数は 54,220名、死亡者数133名と、1か月の熱中症による救急搬送人員数及び死亡者数が、平成20年の調査開始以降過去最多となり、特に7月16日から22日までの救急搬送人員数は23,191名、 死亡者数 67名と、1週間の単位でも過去最多となった。猛暑が続いた8月では熱中症対策が進んだのか、緊急搬送された人は30,410名と増えたものの、死者は20名に収まったようである。それでも尋常でない数である。今月に入ってからも被害は続いており、先日も草刈作業後に同僚議員が搬送されたようである。
 
 異常気象とか大地動乱の時代という言葉は数年前から耳にしていたが、この様に災害が続くと自身の備えは大丈夫かと気になり、取り敢えず娘も小さいので食糧の備蓄を増やすこととした。
 今年の夏から参加した防災議連の方々は全国各地の被災地でボランティアとして汗を流している情報が入り、私も9月議会が終わると手伝いに行くべきかと悩むところである。基本的に今年の規模では、各地の被災地の近くに無傷で残っている都市部から応援に入ることで多くの市民にボランティア意識を醸成することを目指すべきだと考えるのである。
 
 その様な日々の中で、学校の授業の中で登山でキャンプをさせて、電気も建物も無い生活を経験させると供に、寝袋やテントといった自立する空間の材料と、コッヘルやバーナーのような自炊する道具を各家庭に普及させることも必要となった時代ではないかと最近は考えているのである。