自公連立を考える
2025/10/11記
 昨日、自由民主党の高市早苗総裁と公明党の斉藤鉄夫代表との二度目の党首会談の後、公明党が連立政権からの離脱を発表し大きなニュースになっている。公明党に相談もせずに国民民主党との連立協議を水面下で進めていたことや公明党に批判的な麻生元総理を副総裁に起用したこと、統一教会との関係や政治資金に関して問題が指摘された萩生田代議士を幹事長代行に据えたこと、高市総裁の政治姿勢が公明党とそりが合わないことなど、憶測は様々に出ているが、自民党と連立していたために直近の選挙で連敗したことや公明党に対する配慮が少ないことで地方組織の不満が溜まったことが最も大きな要因であろうと私は思っている。
 
 歴史を振り返ると1999年10月5日に小渕内閣で自由民主党と自由党及び公明党が連立したことから始まり、2003年11月21日に自由党の後継となる保守新党が自民党に吸収されたため、それ以降は自公だけでの連立が続いている。ただし、民主党政権であった2009年9月16日から2012年12月26日までは野党として共闘しているが連立政権ではない。私が市議会議員選挙に当選したのは連立が始まって7年を超えた2007年4月であるので議員としては連立している姿しか見ていない。民主党政権下でも協力して政権奪回を心がけていたし、国政選挙では選挙区は自民、比例区は公明と言うことが続いていた。四半世紀ぶりの歴史的転換をどう受け止めるべきか、次の国会での内閣総理大臣指名選挙はどの様な結果に成るのかなど、当面は国内政治が大きな話題に成りそうである。
 
 平和と福祉を掲げ中道政治と自らを位置づける公明党は右傾化や軍備拡大を進める自民党のブレーキであるとは連立期間中によく聞いた話である。防衛費の増大や自衛隊の海外派兵などに慎重であった姿勢は知っているが、自民党にもハト派も多く公明党が離れたとしても急激にタカ派の主張が増えるようなことは無いだろう。弱者に配慮する公明党が進めてきた給付金事業などは減少すると思うが、少数ぶりが際立つ自民党が政権を担う以上は他党の政策も飲むことになり、国民民主党や維新の会との協議により税率や社会保障などが大きく変わる可能性は高くなったと感じる。
 
 公明党の推薦により辛うじて当選できた自民党議員が次回の選挙で野党に敗れることも想定され、そう成れば一層の多党化が進むものと予想され、細川内閣の当時に安定した二大政党による国家運営を目指して採用された小選挙区制度の意味が失われる。超大国では民主的に選ばれた元首が独裁者のように振舞う中で、安定しない政治基盤の日本の総理大臣は存在感が薄くなり国益を損ねることであろう。安倍一強と言われていた頃の日本の発信力を取り戻せるまでの時間を世界は待ってくれるだろうか。
 
 国政は議院内閣制なので連立与党という概念が存在するが地方自治は首長と議会の二元代表制であるからそもそも連立をしていないし議員選挙での協力などは有り得ない。木更津市における公明党候補は完全に地域を分けて選挙を展開できるが自民党系議員は全て個人商店のようなもので互いに選挙で競い合い当選後に会派を組むか否かを判断するような状況である。そのため国政での自公連立解消は議会運営に大きな影響を生じないと思うが、国政の停滞や混乱は予算案の成立を遅らせて、確実に地方自治の運営に悪影響を及ぼすだろう。
 
 自民党も「政治と金」の問題を掘り下げて国民の信頼を取り戻し、再び公明党との連立が成されるための過渡的な出来事なのか、1994年に日本社会党が連立離脱したために64日間という短命で終わった羽田孜内閣の二の舞を高市早苗内閣が演じることに成るのか、それとも日本社会党の村山富市氏を自民党が首相に担いだように政権維持のため高市首相ではない選択を摂るのかなど、昔見た風景が重なるように感じながら今後の展開に注目している。