| 少数意見を考える | |
| 2026/01/12記 | |
| 昨日消防団と新年会をしている時に聞いたのが、今年の歳末夜警を行っているときに「子供が寝ない」という旨の苦情が消防本部に届いたので今年は音を出さずに回転灯だけで町内を回ったということであった。 夜の遅い時間であれば睡眠の邪魔になるので、私が消防団員であった頃は午後9時に「こちらは江川消防団です。火災に注意して安全に年末を過ごしましょう」等のマイクでの挨拶を止めるようにしており、最近では8時以降は静かに回っていた。苦情は7時前の巡回に対して寄せられたということであり、早い時間であったが小さい子供は早く寝るので苦情が出されたのであろう。 デジタル無線機が故障していないか確認するために夕方の見守りの放送をしているが、それにも苦情が届くと聞いた事が有る。緊急時に必要なので理解を求めて続けているが、消防団の放送は必要ないと考えたようで止めたようだ。 昔から住んでいる住民の多くは消防団が歳末に頑張ってくれていることが嬉しく、中にはわざわざ路上に出て手を振ってくれる人もいる。その人たちの期待より苦情の方が重いことに成る。 苦情の多くは精神的に追い込まれ決意の上で連絡を入れてくるものであり、その想いを無視することは行政としては適切ではないことは当然であるが、その一方で苦痛というほどでもなくても言ったもの勝ちとばかりに小さな事まで持ち込まれることもある。 羽鳥野の区画整理を行っていた時にも風が強くなったとか砂埃が酷くなったとかで組合に苦情が多く寄せられ、こんな酷い環境の羽鳥野に住む人なんて絶対に居ないと言い切るひとも居た。工事が終わりODOYAが出来て高速のバス停が出来ると素晴らしい街を作ってくれてありがとうと多くの人から感謝されたが、頻繁に苦情を言っていた人達は急に顔を見せなくなった。 請西保育園について、私は借地での建設に反対したが建設後には子供の声がうるさいという苦情が多数から寄せられ多くの対策工事が行われ、屋上にプールがありながらも使えずにいると記憶している。住宅地にある保育園も多いが苦情が出されているのは請西だけで、鉄筋コンクリートの園舎が音を反響しやすいという状況もあるだろうが、日中の子供の声が騒音に聞こえるという感覚も如何かと思う。公園で遊ぶ子供の声や登下校の児童が気に障る人も増えたという情勢も荒んで感じられる。 昭和42年から54年にかけて東京都知事を務めた美濃部亮吉氏は昭和46年6月30日の都議会で「橋1つ造られるにしても、その橋の建設が、そこに住む多くの人々の合意がえられないならば、橋は建設されないほうがよい。」と述べて民主主義的な合意形成を目指したが、反対派が少数意見を尊重する根拠に利用した結果、東京では合意が得られない都市建設事業が進まなくなった。 その後は少数の反対者がいても社会的多数から求められ生活の向上につながるものは実施すべきであるという考え方が主流となっており、沖縄の基地移転などもこの文脈で考えられている。ただし本当に生活の向上に繋がるか疑問なものもこの理屈でまとめられて議論の遡上に登らないことは問題である。 今回の消防への苦情の対応でも年に3日の午後6時から8時までなのでご理解いただきたいというように理解を求めたのか定かではないが、強く反対されたらそれに従うというのでは多くの歳末夜警を年末の風物として期待している人を裏切る行為に等しい。 そのうち港まつりの花火がうるさいと言う人が出たらどうするのだろうか。危険が及ぶような行為はすぐに止めるべきであると思うが毎年行っていて今までに問題が生じていなかった行事がこの様に終わっていくのだとすると寂しい限りである。 止めることは簡単であるが、続けることのために合意を求める努力と、どうしても同意しない人に対しても適切な対応を行ったうえで配慮しながら続けることも必要である。特に自治会などに加入していないで権利だけを要求して文句を声高に主張する住民が増えると想定される状況では合意形成が重要になるだろう。難しい時代に成ったと年始から思っていた。 |