13万都市木更津誕生
2011/11/15記
 今年の4月14日の記事では夏には13万人を越えるものと思われると記載していたが、それより季節が少し遅れて、いよいよ13万都市に到達した事が水越市長より発表された(写真は永原議員より提供を受けた市役所2階ロビーでのセレモニーの状況)。
 これは11月1日現在の常住人口の集計値が130,050人に成った事が明らかに成ったからである。
 
 木更津市の人口が9万人を突破したのが1972年(昭和47年)10月1日で、10万人突破が1976年(昭和51年)10月1日なので、1万人の増加に4年間を要している。さらに11万人突破が1980年(昭和55年)6月1日なので同様に3年8ヶ月、12万人突破が1985年(昭和60年)10月1日なので同様に5年4ヶ月を要している。このように、12万都市までは順調に人口を増加させてきた木更津市であるが、13万人に成るまでの間に26年1ヶ月も掛かったのである。 
 逆に言えば26年もの長期間、人口がほぼ一定であった街というのも珍しいのではと思うが、それについては他に情報を持ち合わせていないのでコメントできない。
 
 予測がずれた言い訳をすれば、7月に操業を始めた鞄結梛@械製作所と日本賃貸保証鰍ニいう大きな企業による効果を過大に想定していたためであるが、現実に社会増は確実に生じている。例えば、直前の国勢調査があった昨年10月1日からの増減状況は下表の通りである。
 
人口 自然増 社会増 増減
出生 死亡 転入 転出
2010 10 129,312 97 66 31 452 390 62 93
11 129,449 113 83 30 404 297 107 137
12 129,546 93 109 -16 398 285 113 97
2011 1 129,524 95 103 -8 403 417 -14 -22
2 129,496 80 117 -37 328 319 9 -28
3 129,506 79 93 -14 392 368 24 10
4 129,379 94 111 -17 865 975 -110 -127
5 129,603 87 90 -3 847 620 227 224
6 129,678 100 97 3 452 380 72 75
7 129,730 103 82 21 414 383 31 52
8 129,822 95 91 4 427 339 88 92
9 129,919 116 99 17 434 354 80 97
10 129,889 79 98 -19 373 384 -11 -30
11 130,050 79 93 -14 477 302 175 161
13ヶ月の計 1,310 1,332 -22 6,666 5,813 853 831
 
 少子高齢化の日本において、自然減が生じることはやむを得ないが、それを大きく上回る社会増が有ったことがこの結果に繋がっている。人口が増加することは一般的に活力の増大に繋がるので喜ばしいことであり、企業誘致政策の成功が顕著になったところである。さらには若年世帯の増加による出生数の増加が自然増にも繋がると思うのだが、その傾向は現在の所は明かでない。
 13万人を越えた値が50人と心細く、瞬間風速値の可能性がないとは言えないが、長い目で見れば来年の春から順次開業を始める金田の大型商業施設群に伴う社会増も見込めるので、人口増加の傾向は継続されるだろう。
 
 まだまだ中核市の30万人はもとより、20万人を要件とする特例市までも道のりが長く、都市の制度的な自立度を高めるためには合併以外に即効薬は無さそうであるが、それを目指すかどうかは別の次元に置いて、本日は13万人突破祝いを兼ねて本記事を記載することにした。
 
 ※11月18日に写真とグラフを追加すると供に加筆した。