台風8号が過ぎて
2022/08/14記
 紀伊半島沖で12日の3時に発生した台風8号は13日の17時半頃に伊豆半島に上陸し、そのまま神奈川県から千葉県を通り、昨夜の内に太平洋に抜けて、現在は三陸沖を北東に進んでいる。
 暴風圏を持っていないが木更津から見て北側を近い距離で通過するのでそれなりに強い風が吹くことも覚悟していたが、風雨はそれほど強く成らず、アメダスによると昨日の降水量は73.0[mm]、最大風速は11.1[m/sec]であった。災害が発生したようには思えないので台風通過後のパトロールには出なかったが、SNSにも被害情報は見あたらなかった。
 
 関東を直撃することが予想されたので昨夜の花火は中止に成ったが、風雨の強い時間帯が正に重なっているので正しい判断であったと思う。今日は台風一過で快適に晴れるかと期待したが、依然として雲は多く、波風も強そうなので娘を連れて遊び行くことは取りやめにした。
 
 昨日は台風接近で比較的涼しく感じられたが、木更津市の最高気温は30.4度を記録しており、今日も31.1度まで上がったようだ。今月の4日から6日までの3日間は最高気温が30度を下回ったが、それを除くと7月20日以降、連日最高気温が30度を超える真夏日が続いている。
 
 そんな日々に身体が慣れてきたのか、熱帯夜が収まったからか、今は32度を下回るととても過ごしやすく感じるのである。今日はエアコンを入れずに事務所で一仕事が出来ている。
 
 1985年8月13日の夜に日航機が行方不明となり群馬県上野村に墜落したことを熊本県宇土市の三角線肥後長浜駅で友人と一緒に聞いていたことを覚えている。私が大学4年生の夏であったからその年の日本航空の新入生は私より一つ学年が上である。それから37年が経過し、日航機の事故を知る大卒の社員が定年退職を迎えると台風の合間のニュースで聞いて、それほど時間が経過したのだなと感慨深くなった。なお、気象庁は過去のデータも公表しており、事故の翌日、つまり今日から37年前の水俣市の最高気温は31.1であった事が調べられる。とても暑い中で自転車に乗っていた記憶があるが、今日の木更津市が同じ温度であった。
 最近は運動不足と体重増加もあり、夏に自転車で走ると直ぐに熱中症の気配を自覚してしまう。旅の記録を読むと21歳の自分に感動する。なお、その頃は携帯電話もないので日航機の事故報道によって鹿児島周辺に近づいているはずの台風情報を得ることが出来ず、台風に突入する形で進んでしまったことも思い出す。今では携帯で検索すれば済む話なので隔世の感がする。
 
 ただその頃には今回の台風のように日本近海で発生し、その翌日には上陸するような台風は無かったように思う。台風の雨風は強かったが一過性のもので、近づく前から線状降水帯が発生して甚大な災害が発生する事例は少なく、近年のように毎年何処かで水害が生じている事態は異常である。
 先日も祇園在住の人から、最近の豪雨で冠水が激しくなったと連絡が来た。当該箇所は現在建設中の清見台2号雨水幹線が完成すれば排水機能は向上するが、現地の地形を見ても40cmを超える深さで冠水してしまうことが信じられない場所であった。祇園の方もこんなに溜まることが年に何回も来るのは初めてだという。
 
 今では昔に比べ災害情報の入手という点では遙かに便利になったが、それ以上に過去の経験が役に立たないほどの異常気象となっており、2年前の台風15号も暴風圏が小さいので直撃しても大したことはないだろうという予測は見事に外れてしまった。
 今回の台風8号で被害が生じなかったとはいえ、情報を過信せず備えをしながら、今後の台風シーズンを乗り切ろうと考えながら、今回の思うことを終わりにしたい。