今週末の行事参加
2022/12/05記
 師走に入って最初の週末となった3日と4日は市内で多くのイベントが開催された。その中の幾つかに参加してきたので感想を交えて記録を残したい。
 
 3日の土曜日は東京湾アクアライン開通25周年記念イベントを見学するため妻子と海ほたるを訪れた。1997年12月18日の開通なので二週間以上フライングした記念イベントとなるが年末の混雑の前に行ってしまいたかったのだろうと想像するが、20周年は一日しかずれていない17日に行っていた。
 海ほたるでは記念イベントとして横須賀基地所属の輸送艦2号の艦船見学や高速道路維持管理車両の展示、ゆるキャラの登場、千葉県の9店舗と神奈川県の3店舗が出店する「海の上マルシェ」の開催、フォトコンテストの作品展示などが行われており、これには木更津市政施行80周年記念事業実行委員会も協力している。
 昼御飯を海ほたるで食べていると窓の外をチヌークが編隊で通り過ぎる。明日の航空祭に向けた仕上げの訓練だなと思って外に出てオスプレイも近づくかなと思っていたが、遙か遠くで旋回しており海ほたるからは遠かった。昼食のレシートを持ってワークショップの会場に行き山武杉のオーナメント造りを娘に経験させていると旧知のケーブルテレビが取材に来たので自由にお撮り下さいと伝え、製作状況を見守り、マルシェで買い物をして帰宅した。
 
 房総半島を開発するとか東京湾を改造ずるという話は古くから存在し、1960年に建築家の丹下健三が発表した「東京計画1960」と、それをリスペクトして1987年に黒川紀章が発表した「東京計画2025」が有名である。東京湾内に人工島を建設する壮大な計画であったが、それがアクアラインの建設に繋がった。
 日本の経済成長と人口増加に翳りを感じない頃に出された計画は、房総半島でバブルの発生と崩壊を劇的に生じさせ、その後も房総半島全体を活性化させるまでには至っていないが木更津市での企業誘致には寄与している。私もアクアラインの工事に携わり舗装工事を開始する前の夜が明け始めた橋の上で阪神大震災の発生をラジオで聴いていた記憶など様々な経験をしてきた技術者の一人として25年を迎えるアクアラインにお祝いをしたい。
 ただ、「土木のアポロ計画」と言われた難工事の技術資料を展示していた「うみめがね」という展示施設は完全に撤去されて駐車場に成っており、工事から25周年以上が経過したことを実感した。
 
 4日の日曜日は4年ぶりに開催される陸上自衛隊木更津駐屯地の第48回木更津航空祭に出席する。過去の航空祭は市の内外から数万人の来客が訪れる大きなイベントなのであるが、感染症対策として来賓と関係者及び地元の幼稚園・保育園の園児とその保護者が体験搭乗できるために入場しているだけで、過去と比べると寂しい航空祭であるが、それでも行事の開催が数年も空いてしまうことでノウハウが失われていくことの防止には成るようだ。
 何より今回の航空祭はオスプレイ(自衛隊の愛称はヴィーナスであるが解りやすいように米軍での愛称を使用する)が木更津に暫定配備されて始めての航空祭であり、その意味で注目していた。
 
 松田実行委員長がヘリで現れたり渡辺市長や救助犬がイオンモールで開催されている防災フェスタにヘリで移動したりと通常より変化が多い構成となっていたが、見学場所が雨天用の格納庫内に設営されていたので日射しが無く、オスプレイから隊員が降りてくるような訓練展示の前でも熱くなることはなかった。
 航空祭は駐屯地設立54周年記念行事でもあり、その祝賀会食では田中元司令に久しぶりに出会ったり、オスプレイを所管する輸送航空隊長から暫定配備受入に対する感謝と末永くとは言えないが配備されている間の理解をお願いされたり、式典を仕切っていた隊員が女性で防衛大を始めて卒業した隊員だったことが更谷司令から紹介されたりと、コンパクトながら有意義な会場だったが防災フェスタのために中座しイオンモールへ移動した。
 
 午後1時過ぎに到着した会場はきさらづ防災フェスタ2022の残り時間が1時間を切っていたものの、官民合わせて30以上の団体が協力して開催しているフェスは家族連れでの訪問者も多く、キッチンカーには長い列もできていた。
 
 木更津市の消防ブースには渡辺議員が女性消防団員として活躍されていたし、各所の体験コーナーにも子供長い列が出来ていた。広大な駐車スペースを提供していただいているイオンモールも理解があり協力的だった。午前中には駐車場にヘリコプターが2回着陸しているが、会場を見ていた市の職員に聴くと周囲を取り囲むように大勢の人が集まっていたようである。人集めにもなるイベントだったのかも知れない。
 クリスマスムードが漂うイオンモールで現地集合した妻子と遅い昼食を摂り、私は帰宅することなくイオンで若干の時間調整をしてから夕方の木更津港公共埠頭G岸壁へ向かった。
 
 午後4時に到着した埠頭ではにっぽん丸出港イベントの用意がされておりバスから乗船客が次々と大型クルーズ船に乗り込んでいくところだった。木更津が発着となる今回のクルーズへの乗客は約250人で、そのうち木更津市民は66人のようだ。感染症の第8波が拡大しているためか、当初の想定より少なかったようだが最少催行人数の160人は上回ったので安堵した。
 
 見送りのイベントは渡辺市長の挨拶やにほん丸木更津港初入港記念品の交換の後、木更津総合高校吹奏楽部の演奏が出港されるまで続き、日没後の東京湾を富士山と工場夜景を前に出港していった。台風被害の直後となる2019年9月20日に出港を見送ったパシフィックビーナス以来となるクルーズ船であるが、感染症の収束を待たないと厳しい状況は続くであろう。ただし、感染症が過去のものとなり、中国の覇権主義が鳴りを潜めてアジアに友好の風が吹く頃、木更津港が日本の玄関の一つに成るよう、今のうちに実績を積み上げることは重要であると私も考える。
 
 この週末は図らずも木更津市が誇る交通インフラの@東京湾アクアライン、A木更津飛行場、B木更津港という陸空海の拠点でイベントを満期し続けた。アクアラインの開通40周年の頃までには木更津飛行場からチルトローター民間航空機で行く小笠原父島とか、木更津港発の高雄・上海・釜山クルーズツアーなどが普通になれば素晴らしいなと思いながら週末の行事参加記録とする。