ALPS処理水を学ぶ
2023/10/28記
 東京電力は8月24日から東京電力福島第一原子力発電所で発生した汚染水を多核種除去設備でトリチウム以外の放射性物質を取り除いたALPS処理水を海洋放出し、それを非難してきた中国政府の影響を受けたのか否かは解らないが、多くの中国人が日本に迷惑電話をかけて多くの公的機関が忙殺されるなど社会問題になった。社会を賑わせていたものの危険性は解らなかった。
 私も通常は陽子と電子だけで構成されている水素原子に中性子が1個加わったものが重水素、2個加わったものがトリチウムだとは知っていたが放射性物質としての性状は詳しく知らなかった。
 今回福島第一原子力発電所の廃炉作業を見学するにあたり東京電力から多くの資料が提供されたし、現地でも色々と説明を受けたので私なりに資料を斜め読みして理解したことを忘れないよう、後世の自分のために整理してここに記載する。
 
 中性子の数が違う原子は比較的身近にあり、有名なものは通常は陽子と中性子が6個づつである炭素原子に2個の中性子が加わった炭素14である。半減期を利用して化石などに残っている比率を調べることで年代の推定に使われているものである。これは放射性同位体とかラジオアイソトープと呼ばれている。また天然塩を構成するカリウム40は比較的多く存在するので全ての生物を内部被曝させていることは11年前に記載したとおりである。
 トリチウム原子の性質は通常の水素原子と同じなので水素原子と酸素原子と結びつきH2Oという水分子になる。水なので全てのスクリーンをくぐり抜け除去できないのである。一方で水であるため体内に入っても水銀などのように対内に留まって濃縮されることが無く、通常で有れば10日程度で排出されるようだ。東京電力もトリチウムの濃度が高い海水で魚介類を養殖し、薄い水に移した後では線量が下がることを確認している。
 トリチウムの崩壊は1個の中性子が陽子に変わることで水素からヘリウムに移り、その時に出る電子が放射線のβ線として放出される事になるがエネルギーレベルが低いため空気中でも5mmしか進めず、紙一枚で防ぐことが出来る性質らしい。視察の際にもトリチウムが残ったALPS処理水がペットボトルに入って置かれており東電の社員は安心してボトルを持ち、見学者にも渡していた。因みに半減期は約12年である。震災からは13年が経過したが今でも原子炉内のデブリに接触することで生産されているものと思われるが震災直後との比率はどうなっているのか聞くことを忘れた。
 
 これほど弱い放射性物質であるが放射能を出していることは事実であり、処理水ではφ90という細い配管を使い19t/hrしか排出していない。毎秒5.28リットルだから水道の蛇口よりは多いが一般の消防車が放水する量の半分程度である。
 その水を1万5千m3の海水で1リットルあたり1,500ベクレル以下になるように希釈しているため海には海水由来の膨大な量が放流されている。希釈しているため原液ではφ90の送水管が希釈後にはφ2600のシールドトンネルを使って沖合約1kmで海洋に出されている。
 トリチウムが出すβ線の性質から考えると膨大な費用をかけて希釈する必要があるのだろうかと思えてしまうが、高濃度の水を放流するのでは風評被害が発生する危険性も解る。なおWHOが定める飲料水中のトリチウム濃度限度は1リットルあたり10,000ベクレルなので東電はその1/7程度に抑えようとしている。
 海洋放出は最初に7,788m3、次に7,810m3のタンクで行われたが、これは総量として年間25兆ベクレルに収めることを前提としているためで、現在でも毎日90m3が新たに増えていることを考えると現在の貯蔵量を殆ど処理するには30年は必要だという事である。安全側であるが気が遠くなるような話である。なお、世界中の多くの原子力発電所では基準が緩く、中国の大亜湾原子力発電所では2002年に年間42兆ベクレルが基準であったようだ。
 
 放射能というと見えない怖いもので、思考停止的に拒否感を示すものが多い。しかし毎日太陽光線とともに大量の放射線が降り注ぎ体内の放射線同位体の崩壊で内部被曝をするなかで生命が育ち進化してきたことも事実である。震災直後に危険をあおっていた人たちはその後のコロナ騒動でフクシマの事は忘却の彼方になっているだろう。正しい知識で正しく恐れるとともに、私が生きているうちには終了を見届けることが難しそうな廃炉への長い道のりを戦っている作業員、既に生活拠点が移ってしまったために帰ることが果たせない元住民、帰還したものの周辺の住民が少なすぎて医療や教育などのサービスの恩恵が受けられない居住者など、様々な現象に思いを馳せ、今後も定期的に見続けることが重要だと思いながら今回の記載を終えたい。