暫定配備が終わる
2025/07/09記
 令和2年7月10日に木更津駐屯地に着陸した陸上自衛隊オスプレイ初号機の到着から始まった暫定配備も防衛省が木更津市との約束である5年間を形式的に守るため、本日佐賀駐屯地にオスプレイを運用する輸送航空隊を移駐させ暫定配備が終了する。
 
 実態は6日の日曜日に4機の機体を熊本空港に併設された高遊原分屯地に移動し、本日の式典で1機、更に本日中に1機を佐賀へ移動させるので本日の夕方の段階で木更津駐屯地には11機が残っている。本日新たに開設された佐賀駐屯地には高遊原に事前に移動させていた4機全てを移駐しても6機しかいないので、主力は木更津に留まっている状況ではある。
 6月定例議会の一般質問で私が危惧したことは数日の間に世界のどこかで重大事故が発生して飛行を見合わせる事態になりながらも暫定配備が終了したと見なすことは無理があるということであったが、その様な事態に成らずに済んだことは幸いであるし、佐賀へ直接向かう機体を自衛隊員とともに青空の元で見届けることが出来たことは、配備を受け入れた当時の議長として、無事に5年間が過ぎたことに爽やかな気持ちでもある。
 
 
 
 以下は先月4日に一般質問で話したことと重複するが、暫定配備の実態として記載する。
 オスプレイの暫定配備が始まっても4か月間は機体の確認や陸上自衛隊仕様への改造などが行われ、実際に飛行訓練が開始されたのは11月20日なので、地元で騒音被害を受けたのは4年と8ケ月である。更にそのうち事故等に起因して運用停止を行ったのが3回で合計148日間に達するので実質訓練期間は4年3ケ月程度のことであった。オスプレイの音はCH-47に比べても耳に着くものであったが、反対派が配備前に言うように生活に支障を来たすほどのものではないと地元に居住する私は感じていた。
 
 陸上自衛隊に配備される17機が木更津駐屯地に全て揃ったのは昨年の6月19日で1年あまりの期間である。逆に言えば暫定配備が始まってから4年間をかけて機体の数が増えるに伴い部隊の人数も増えているのである。急激な人口増加では無かったので木更津市の発展に伴う人口増に紛れてしまって効果を見落としていたが、佐賀の移駐を来月中に終えるとすれば約6百人が一気に移転していくものと思われ、その落ち込みを取り返すことが難しいのではないかというのが私の見立てである。
 西清小学校や第一小学校と第一中学校、高柳小学校と岩根中学校など自衛隊官舎が学区内にある小中学校では夏休みの間に佐賀の学校に転校する児童生徒も出てくることだろう。友達が木更津と佐賀に分かれても友情が続くことを願うばかりである。
 
 暫定配備が終わっても機体整備が有るので日米合わせて数機が常時木更津には居続けることに成るし、輸送航空隊は第一ヘリコプター団に属する部隊で有り続けるため、航空祭の時などには木更津に戻ってくることが有ると本日の式典で基地司令が言われていた。木更津とオスプレイの縁は当面続くのである。
 またチルトローター機の優位性は高いので、超長期的にはオスプレイ以外の機種、例えばV-280等の木更津配備も有り得るだろうし、その頃には日米安保の見直しが行われ八尾駐屯地の有る八尾空港のように民間利用が可能になり周辺に関連企業が増え地域活性化の起爆剤になれば良いと思っている。
 更には世界的な軍縮が進み自衛隊が大幅に縮小され木更津駐屯所の跡地が最先端の民間企業に利用され木更津から人々に喜ばれる製品やサービスが世界に広がる日が来ることも可能性は薄いとは思うが、その様な時代が来ることを願っている。
 
 5年間の間には与那国島での事故なども有ったが隊員の生命にかかわる事故もなく、木更津でも部品落下というアクシデントは有ったものの周辺住民に騒音や振動以外の被害を生じさせずにこの日を迎えることが出来たことを安堵しつつ、来月中に完了すると言われる移駐作業も無事に終わることを願いながら今回の記事を書いている次第である。