| 戦没者追悼考思う | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2025/10/16記 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
昨日は木更津市福祉会館で戦没者追悼式が営まれ、私も市議会議員として参加した。国のために志願し、または国家の命を受けて戦場に行き亡くなられた兵士や銃後を守り空襲や原爆等により命を落とされた多くの国民のために礼を尽くすことに対しては当然の所作だと思う。![]() 私は戦前の兵士が心のよりどころに考えていた靖国神社にも何度となく参拝しており、鹿児島の知覧特攻平和会館や沖縄のひめゆりの塔、沖縄県営平和祈念公園(摩文仁の丘)、更にはサイパン島などにも足を運んで追悼の念を捧げて来た。広島と長崎の被爆地という世界が知る所だけでなく慶良間海洋文化館などにも行ったし、北方領土を見渡す納沙布岬には娘も連れて行った。戦後の体制を受け入れることと、起きたことに目をつぶることは違うものだと思っている。 日本は第二次世界大戦を最後まで戦ったために原子爆弾の被害や中立条約を破棄したソ連による無条件降伏から調印までの間を突く侵略を受け、それまでの主要な戦争で勝ち取った領土だけでなく多くの生命や財産、更には規律や自尊心の多くを失うことに成ったように感じている。戦前の教育や社会には人権意識や個人の尊重が今より少なく現在の方が勝っているとは思うが、欧米が他民族を奴隷化する帝国主義社会の中で独立を貫き人種差別を廃止せよと表明していたことには誇りを持つべきで自虐的になる必要はない、というのが私の思いである。 日本は台湾や韓国を自国の一部にしながら参政権を与えないなど半植民地状況に置くなど必ずしもアジアの自立を進めていたわけではないが終戦までの数年間で東南アジアの国々に軍隊を編成し、再び植民地にしようとして戻ってきた欧米諸国を打ちのめし独立を果たしたことは日本が戦った成果であると韓国と中国を除くアジア諸国は認識しているようである。これは1960年代まで独立を果たすことが出来なかったアフリカ諸国との差を考えれば容易に理解できることだと思う。 そのように多くの犠牲を払いながら世界の枠組みを変えて来た先人たちに敬意を払うことに異論はないのであるが、自治体が式典を行うことはそろそろ見直しても良いのではないかと思う。第二次世界大戦が終結して80年が経過し、戦争の記憶がない方々が式典の中心になっているので「形骸化」が進んでいると思うのだ。 そもそも「先の大戦」が終わってからは80年であるが、明治維新後の日本は日清戦争(1894年)、日露戦争(1904年)、第一次世界大戦(1914年)と10年ごとに大きな戦争を繰り返し、満州事変(1931年)以降は第二次世界大戦が終わるまで大日本帝国が大東亜戦争と名付けた「アジア・太平洋戦争」が繰り広げられている。戦死者の大多数は終戦の年であるが「戦没者」という定義には131年前の日清戦争も含まれるし、靖国神社には内戦であった西南戦争(1877年)で亡くなった政府軍の兵士も合祀されているが政府に弓を引いた薩摩側の兵士は含まれていない。 このように戦後80年の式典だけでなく148年前からの戦没者を追悼することが本来の式典だと思うのであるが。西南戦争の主戦場に成った熊本城や田原坂で亡くなられた方の遺族だと認識する方は殆ど居ないだろうと思う。 形骸化の顕著な状況は出席者の人数である。昨日の追悼式の出席者は下表の通りである。 |
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| 残された5人の来賓の内訳は千葉県知事(代理出席)、浜田代議士(代理出席)、木更津市選出の県議会議員の2人と社会福祉協議会の会長である。 上表の合計人数である61名には主催者である正副市長や市や社会福祉協議会の職員は含まれていないが、それでも遺族は参列者の半数をやっと超える程度である。主催者も含めれば遺族の比率はより減少するのである。 世界に目を広げればパレスチナでは書面上の停戦が成され、南部に避難していた多くの住民が廃墟となったガザ市に帰っているようであるし、タイとカンボジア、インドとパキスタンなど多くの国境では戦争に拡大する要素が多いままで仮の平和が見えている。ミャンマーや幾つかのアフリカ諸国では内戦による国家が疲弊するなかで多くの人命が失われている。80年も平和が続き、あと20年で1世紀も隔たる昔の戦争に想いを馳せることが出来る日本に生まれたのは、平和が続いた贅沢であると感じている。 平和を守る側に立ちと誓ったはずの超大国の一つであるロシアはウクライナへの攻撃を続けているし、中国は南シナ海で隣接する国家を蔑ろにしている。アメリカ合衆国の大統領は先人が苦労して気付き上げた資本主義の根幹である自由貿易を関税で壊そうとしている。 この様な不安定な世界の中でも80年以上も前に亡くなられた方を追悼することが出来るのは、ある意味で幸せだと思うが、全国的には解散する遺族会が増える中で、どの様にこの形骸化した式典を廃止するのか検討を進めるべきだと思いながら、今回の式典に参列していたことを記載する。 |
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