68.2月中旬の活動記録
13日は朝10時から昨年末に会派で提出した要望書に対する執行部の方針説明があると言うので風邪気味の中で出席した。土日開庁に向けたスケジュールなど、もっと詰めることも有るだろうと考えながら意見交換を行った。
その後、三上議員や後藤議員から3月24日に開通を予定している大久保真舟線の開通祝賀会を準備しないかと誘われる。自宅は反対側の方向であるが、烏田土地区画整理組合時代に熱望していた道路でもあり、当時の組合関係者との間柄を考えると参加する必要が有ると思い準備委員会へ参画。しかしこの日も風邪の熱で早めに切り上げ床に着くのであった。
14日は午後から君津市のメディカルセンターに行き、県知事選挙に出馬を表明している白石真澄候補との意見交換会に浜田代議士事務所の要望で出席する。
渡辺県議と代議士が知事候補でねじれている事もあり、自分の感性で投票者を決めたいと考えている
。白石候補者からは知性と品格が感じられるが、推薦できない県議団からは別の問題点も提示されている。それは会話の中からは解らない部分であり、話を知っているものとして情報を開示すべきか悩む話である。
風邪の調子もだいぶ良くなってきた、と錯覚してしまい、君津方面の友人と簡単な情報交換会を行ってしまった。夜は・・大丈夫だったのです。
15日は朝起きると扁桃腺が腫れ、声を満足に出すことが出来ず、水を飲み込むことも辛い。しかしこの日は自民党公認候補である中村好子氏の総決起大会兼事務所開き案内が市民会館大ホールで行われるので変な誤解(?)を助長しないようにも出席せねばならない。会場に着くと事前の情報と違って壇上に座ることになる。『名を呼ばれても声が出ないぞ』と恐れながら紹介を待つが、幸い他に数名が起立しただけだったのでそれに従った。出陣式は中村昌成先生の人柄や人脈を彷彿させる集まりとなっていたが、壇上にいたために記録写真は撮れなかった。
声の出ない中で、同僚議員と別件の打合せを行い、午後2時に帰ってからずっと床に着いたままになる。
16日は早朝に病院の予約を入れ、往診前の時間を利用して千葉県君津地域整備センターに都市計画道路大久保真舟線の開通祝賀式をどのように行うのか、三上、後藤両議員と伴に聞き取りに行く。私はそこで別れて病院に行き点滴を受けることになるのだが、両議員は市役所内部の各部局や再度県の地域整備センターに行くなどして多くの調整を要したようである。個人的には点滴と投薬が効いてきたためか、夜にはだいぶ楽になってきた。
17日はまだお粥しか食べられない状況であるが、四市賢友会主催による羽田D滑走路視察研修会があるので、体調が良くなることを楽観的に信じて参加した。四市から27名の議員が参加して国土交通省の羽田D滑走路現地説明事務所に行く。D滑走路の必要性や今後の国際化を含んだ背景、工事の技術的問題などの説明の後、連絡船で桟橋工区に上陸する。改めて規模の巨大さと巨額さを実感する。
埋立工区を船で遠くに見てから事務所に帰り、次いで新国際ターミナルの建設現場を見に行く。旧羽田空港のあった場所に建設が進んでいるが、国際化の範囲も決まっていない中で運行会社が決まらないことを考えると、案外使い勝手の悪い建物に成りそうである。
午前の視察が押して東京電力研究所には1時過ぎに到着する。昼食に弁当が出るが殆どを残してしまうことになり申し訳なく思いながら午後の東電における省エネと新エネルギー研究の流れを研修する。
大阪堺市でシャープが大規模な太陽光発電設備を設けることは知っていたが、川崎市に置いても扇島地区と浮島地区で合計2万kwクラスの発電所を作るという話があった。大規模な用地を探しているという事であったが、木更津には千束台を筆頭に利用方針を模索している場所も多いのだから誘うかなと思ったところ、『東電は太陽光発電を建設し、川崎市とは太陽工発電の普及事業を進める、という役割分担をしています』という解説に、二の足を踏んでしまう。
充実した研修を終えて帰宅して、年齢も45歳になってしまった。
18日は体調も良くなってきたので日中は確定申告の整理などを行い、夕方から自然観察会の企画打合せに出席する。足元の里山をよく知ろうという位置付けで、4月12日に矢那地区で開催し、そのための現地調査を3月1日に行うことを決めてくる。
19日は議会開始前日に議会全員協議会が開催される。議題は下表に示す4項目である。
No
議題
担当
1
平成21年度当初予算の概要について
財務部
2
高齢者保険福祉計画・介護保険事業計画について
福祉部
3
定額給付金及び子育て応援特別手当の支給について
経済部
4
学校給食センターの概要について
教育部
21年度予算については、3月11日から開催予定の予算審査特別委員会で細部を述べるが、総論的なことを記載すれば一般会計予算額は前年比1.1%の減である329億400万円である。ちなみに近隣市である君津市は約7%減、袖ケ浦市は14%減、富津市は17%減と聞いている。木更津は法人市民税より個人の税金なので景気の影響を他市より受けにくい、と言うのなら良いのだが、実際には木更津は昨年までも切りつめた予算だったので削減余地が少なく減少できなかったと知ると複雑な気分である。この緊縮予算の中でも給食費を一般会計に入れることや小学生の医療費を補助することなどで、それぞれ約6億円の新規予算を組んでいる。合計で全体額の4%に相当する額の追加であり、それを加味すれば約5%の減額とも言える。本当に集中と選択の予算である。
定額給付金が経済部に回ったのは生活支援と言うより経済喚起のための給付金目的になったかららしい。木更津市では所得制限は行わないが、支給も口座振込の場合で4月下旬頃、窓口での現金給付の場合は6月以降となる等、経済に刺激を与えるのはまだ先になる。その上、手続き上も諸般の問題があるようだ。
学校給食センターは3月24日に竣工式を迎えるという事になった。出来る限り地産地消を進めていく計画と聞くが、定期的に確認する必要が有るだろうと思うところである。
この日は全員協議会が終わって解散となる。帰って資料を少しまとめたら夜から地元団体の懇親会に出席する。扁桃腺炎症はアルコール消毒で治していくことになるのである。
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2009年2月下旬の記録