58.8月上旬の活動記録
 1日は朝のうちに溜まった仕事を片付け、近所での立会いに出席した後に所要で市内を回りながら市役所に登庁する。溜まってしまった決済書類に目を通し、昼間は会派室で各種データの整理を行う。
 午後からは東京大学工学部都市工学科都市計画コースが木更津市を対象に行った演習の結果を4階会議室で多くの職員とともに聞く。突飛な点が無いことが若者らしく無いような、よくまとまった発表であった。その後は会派室で打合せ等をすませ帰宅し、祭礼等の町内の雑務を片付けた。
 
 2日はラジオ体操の時間から日差しの暑さを感じつつも午前中は事務所で扇風機を回しながら視察結果をHPにアップし、昼からは市内を所要で回る。夏の挨拶回りであるが、日差しと暑さが厳しい土曜日だった。
 
 3日は朝9時から岩根西社会福祉協議会が始めようとしている要支援者へのサポート活動の概要を聞き、木更津の状況を情報交換するとともに尼崎市や八戸市で視察してきた取り組みから学んだことを伝える。サポート部会は先月20日に民生委員と区長、民生児童委員の合同会議で立ち上がり、敬老会の案内も兼ねて動き出そうとしている所なので支援者の保険加入を始め、行政が支援すべき課題は多いと感じた。
 午後1時からは岩根西公民館で江川区の民生委員と区の役員でサポート活動の打合せを行う。個人情報を開示できない中で取り組まれる行動の難しさをどうクリアするかも課題である。
 午後5時からは君津に移動し、涼しい風が吹く中で議長の代理として第19回君津市民ふれあい祭りの式典に登壇し「いやさか踊り」の開始を見る。写真は直前に行われていた「よさこいソーラン」の踊りを逆光で捉えたもの。青年会議所として警備等の応援に来た思い出が蘇えり、懐かしくなったが、終わりまで見ずに帰路についた。
 
 4日は朝から市役所に行き、会派室から様々な部署に電話をかけて、諸課題の整理を行うと同時に、資料の作成などを行う。午後からは
名誉市民条例に基づく審議会に委嘱され、水越前市長を名誉市民とする件についての諮問を受ける。委員は鈴木商工会議所会頭、梅澤農協組合長、平野区長会連合会長、野口観光協会長、松本文化協会長、高橋県議、滝口議長、三上議員会長と私の9人で鈴木会頭が会長となり審議が始まる。名誉市民は故人を含め現在8名が選ばれており、そのうち市長経験者は4名である。水越市政の財政再建や都市経営の功績は顕著である事は全員が認める所であるが、退任からの時間が論点に成った。
歴代市長氏名 生年月日 市長退任の日 在任期間 名誉市民推挙日
(故)山崎 直 明治18年3月23日 昭和30年4月2日 8年5ヶ月 昭和47年10月28日
(故)濱名 儀三 明治41年3月26日 昭和38年4月30日 8年 昭和57年10月20日
(故)北見 日吉 明治39年11月3日 昭和54年4月30日 12年 昭和57年10月20日
石川 昌 大正11年5月15日 平成7年4月30日 16年 平成9年10月13日
水越 勇雄 昭和14年8月14日 平成26年3月30日 12年
 上表は名誉市民に推挙された歴代市長であるが、退任から2年以上の時間を経てから成されている事が解る。必ずしも2年が必要とは思わないが、退任されたばかりということもあり、審議会では時期尚早との声で先送りされることになった。
 市役所を退庁し、農協本店で先月29日の理事会での決議事項や争点を聞き取り、午後5時には農協岩根支店に移動して受検部長会議に地域の理事として出席する。これは8月18日から9月16日まで行われる米の出荷に対する諸注意等の会議である。既に市内で五百川という米の刈り取りが始まったと吉崎専務の挨拶の中で話があった。高根さんの所だなと思いながら、職員からの米穀情勢の話を聞く。米価の見通しが低目という事や、今年の作況指数が95という不作であったとしても全国的に米の在庫が残るという予想には驚かされるし、国は食料自給率を政策として本当に上げようとしているのかという思いになる話であった。
 
 5日は自宅で私的な仕事を片づけ、夕方の5時から航空自衛隊で開催される盆踊りの会場に移動する。日差しは厳しく暑いので、地域の方々と麦酒を飲みながら様々な調整を行う。7時を回ったところで飲んでいない草刈議員に乗せて貰い、青年会議所の納涼例会場であるビューホテルに移動する。
 卒業して10年も経過すると後輩のOBも増えてきて、気が着くと相対的に年長組に成っていることに驚きながら、久々に合う顔ぶれと懐かしい時を過ごし、来年迎える50周年事業に思いを巡らせていた。
 
 6日も午前中に自宅でパソコンに向かう。Lotus-123が最新のOsで対応できないため、パソコンの更新を前提にしながら、過去に作成した様々な書式をExcelに移行する作業を進めるが、進捗が悪い。
 午後から市役所に行き書類決裁を済ませてから市原に移動し、18年前に住宅都市整備公団の元で監理を手伝った潤井戸地区に完成した『
うるいど自然公園』を見学する。一昨年の完成ではあるが、私が水源の水神碑を移設してから完成まで16年も経過している事に、大型プロジェクトに係る時間を実感させられた。
 
 7日は午前中に地域の諸課題の現場立会を行い、午後から福祉会館や市役所等で所要を済ませ、各種の調整や書類決裁を済ませる。午後3時過ぎに私的な用事で新宿に出るためアクアラインバスに乗る。台風の影響か、夏なのに富士山も遠望でき快適であった。
 
 8日は昼前から市役所に行き、調べものを行い、午後2時からは庁舎建設の延期に関して視察に来られた市川市議会議員の対応を行う。議会の対応を知りたかったようなので質疑にも答えるが3時から会議が入り中座させて貰う。3時からは18日に開催される庁舎整備特別委員会の内容について正副議長と正副委員長で事前説明を受け、不足資料等の準備を要求する。
 
 9日からラジオ体操の地域巡回を開始する。岩根西地区は江川以外でも6箇所で開催されるので時間をかけて回ろうという考えである。最初は万石重城病院駐車場で、会場には初谷教育長も参加されていた。帰宅後はHPの更新を行うが終了しない内に昼となり、第11回学校支援ボランティア交流集会へ出席するため君津教育会館へ移動する。
 開会セレモニーで議長の代わりに来賓代表挨拶を行い、開会セレモニーの終了後は清川中学校の音楽部の演奏を聴くが、これが素晴らしい出来映えで感動する。その後、『ワールド・カフェ』という形式の話し合いが行われ、千葉敬愛短期大学の明石学長の講演まで聴いてから会場を後にした。
 帰宅後はHPの更新を行ったが台風の接近も気になり、数日溜めた作業は順調に進まず、終わる頃には窓の外に台風の影響が見えていた。
 
 10日は台風で天気が悪いと決めてかかり、翌日からの登山旅の準備や事務所の清掃片付けなど、夕方まで自宅内で作業をして過ごす。夜には友人達と打合せを兼ねた食事会を行い、早めに就寝した。
 
 
 →
2014年8月中旬の記録