25.9月上旬の活動記録
 1日は朝から市民体育館に行き9時から第27回木更津市房総子どもかるた大会の開会式に来賓として列席して挨拶をする。学生時代に「上毛かるた」は知っていたが「房総かるた」の存在は恥ずかしながら知らなかった。開会式後に試合も見学したが、反射神経だけでない戦略に奥の深さを感じた。
 市民体育館から自宅に帰る途中で矢那川に多くの釣り人が居るところと、新宿のとしまやの駐車場に大型バスが2台停めてある所を見る。日帰りの釣りツアーが行われているのだなと思いながら通り過ぎ、自宅で雑用を済ませて議長車の到着を待つ。
 午後3時からマザー牧場で開催される木更津地区ダンプカー協会交通安全大会に四市の市長・県議・議長及び警察署長等と供に出席する。左の写真は首長を代表して挨拶をする石井君津市長である。運転手やその家族など約6百人が出席して交通安全を誓うイベントは良い企画だと感心していた。
 
 2日は娘を保育園に送ってから市内で所用を済ませ、午後から新たに使用開始となった新消防本部庁舎を覗く。まだ細かな物品の引越は続いている様だが、広い部屋で快適に仕事を進めている様子であった。続いて駅前庁舎に行って執務を行い、その後は自宅に戻って私的な仕事とHPの更新を行う。
 夕方は月初めで遅くなる妻の代わりに娘を保育園に迎えに行った。
 
 3日より本会議が再開され代表質問が始まる。初日は自由民主クラブの重城正義議員・羅針盤の草刈慎祐議員・公明党の竹内伸江議員である。今回も各自の質問に対する感想は省略するが、代表質問だけに財政状況・市税確保・基本計画・地域防災・地方創生事業・介護保険・子育て支援・教育支援・高齢者支援・ワークライフバランス・農漁業の活性化・都市づくり・消防体制・公金の管理運用・選挙行政などについて質問が行われた。本会議後に正副委員長会議を開催し、議会基本条例制定後の議会活動として常任委員会に対応する各種団体との意見交換を検討する事や積極的な調査研究活動を進める事を依頼した。その後、各常任委員会協議会で説明する事案の事前説明を受けて帰宅した。
 
 4日も本会議で午前中は扶桑クラブの大村富義議員による代表質問が有り、少し長い昼休み(11:30〜13:10)を利用して6階で開催されている林忠崇パネル展を見学しながら切手も購入せねばと考える。
 午後からは神蔵五月・斉藤高根・渡辺厚子の各議員による個人質問が行われ、資産と負債・オリンピックの取組・江川総合運動場・福祉行政・中央公民館・新火葬場・消防行政・学校の教育環境・まちの快適・海の環境・農振農用地・障害福祉施策・農福連携など多岐の質問が行われた。
 本会議後にかずさ水道広域連合企業団と現行制度の問題点について諸調整をしてから帰宅し、夕方はHPの更新を行った。
 
 5日も本会議で鶴岡大治・石川富美代・堀切俊一・鈴木秀子・白坂英義の各議員による個人質問が行われ、福祉会館と公民館の使用料・住民票等の交付・学校給食・子育て支援・まちの快適・学校教育・江川総合運動場・オスプレイ・医療福祉・交通弱者問題・合併・空き家対策など多岐の質問が行われた。鶴岡議員の質問は内容が掘り下げられて展開が楽しみだったのだが時間切れになってしまったのが残念であった。
 
 6日も本会議で永原利浩・高梁てる子・佐藤修一・田中紀子・座親政彦の各議員による個人質問が行われ、合葬式墓地・ゼブラストップ運動・魅力発信・オスプレイ・財政構造・建築工事・農業振興・救急体制・民生児童委員・公共施設の有効活用・長寿命化計画・教育行政などの質問が行われた。事前審査疑惑や通告違反も感じながら進行を行う。
 休憩時間に議長室から外を見ると東京スカイツリーが見える程度に空気が澄んでいた。質問が終了した後、2人からの大綱質疑が行われ、決算審査特別委員会を設置し、議案を各常任委員会に付託して本会議は終了した。夜は会派で質問内容の高度化と品格の向上を目指し反省会を実施した。
 
 7日は地元の岩根西中学校の体育祭に出席し、子どもたちのリレーやよさこい乱舞等の活躍を見ながら地域の方々と意見交換を行う。ジェスパルで焼きそば等を購入して午前中に帰宅し、午後から市内で所用を済ませた。
 この日は妻が娘を実家に連れて帰っているので、夜遅くまで酒を飲みながら本を読み、テレビを見て過ごさせていただいた。
 
 8日は自転車で江川運動公園に行って千葉県リーグ1部で8位のローバーズが同リーグ2位の教員選抜をホームに迎えて行われる試合を見に行く。台風の影響でエアレースが前倒しに成っているため前半戦だけ見て会場を出ると土砂降りに出会う。全身水浸しに成りながら吾妻に移動して内港に向かう。
 今回で見納めと言われるレッドブルエアレースの会場は幕張であるが、飛行機の離発着に今回は木更津基地が使われるため、その近くの埋立地でパブリックビューイングが行われる。到着する頃には青空が戻り日射しが強い。時間が前倒しに成ったためか土砂降りが通過したためか想定より人は少なかった。
 木更津基地から次々と飛行機が飛び立ち、着陸する中で幕張の状況をモニターで見続ける。エアレースの優勝は日本人の室谷選手に決まり会場が盛り上がり、私も幸せな気持ちで帰宅し、事務所でエアコンを付けてHPの更新等の作業を行った。夕方になり接近する台風15号への対策を行ってから娘と供に早めに就寝した。
 
 9日に日付が変わる頃、風の強まる音で目が覚める。テレビの台風情報では木更津市を直撃しそうな様子である。東風と暴雨が強まり家が激しく揺れる。応接間のガラスが割れサッシが外れそうになっているので対処していると風が弱まる。目に入ったと考えている内に南西の吹き返しが強まり網戸が飛ばされ、午前4時過ぎに停電する。防災ラジオの電気を点けながら風が弱まるまでうたた寝する。
 夜が明けて風の残る中で事務所を確認に行くと昨年の台風でも割れたガラスがまた割れて、車庫の屋根のトタンが剥がれて田んぼに飛散していた。交通の障害になりそうなものが無いことを確認してからガラスの破片を拾って歩くが停電が続き細かな破片を掃除機で吸うことが出来ないので作業を終える。
 自宅の片付けをしていると議会事務局から連絡が入り今日の基地政策特別委員会は期日を決めない延期となることが明らかになった。また夕方には商工会議所で講演会も有ったのだが、それも延期となることが後ほど明らかになった。市内全域で停電が続いているのか電話が通じない所が多い。取り敢えず妻は会社を休み娘も保育園に連れていかない事を決める。家のことを妻に任せ自分の看板の設置してある場所を中心に市内を回ると、12箇所中の4箇所で破損が確認される。万石の来迎寺踏切では廃屋となっていた家が倒壊して内房線を塞ぎ、破片は線路を越えて近くの民家を襲っていた。空き家対策を進めないと今後の台風でも同様の事態は増えると思いつつ対処方法を市役所に電話する。
 
 多くの家屋で瓦やトタン屋根が飛ばされ、江川海岸では海の家が転がっていた。本当に強い台風だったと感じながら、人的被害の少なさに感心もする。電気は復旧しないが、騒動も一息ついたと思い午後4時過ぎに市役所の災害対策本部の様子を見ながら議会事務局に行って翌日以降の日程調整を行い、取り敢えず総務常任委員会も延期する事を決めてから帰宅する。日没前に水風呂に入り、懐中電灯で食事を摂って、朝には電気が戻るだろうと思いながら就寝した。
 
 10日は水位の下がった田んぼからトタンを回収し、修理業者と打合せを行ってから防災無線が沈黙しているという場所を確認に行き、破損した自分の看板のうちの2箇所を復旧する。停電が続いているので冷蔵庫の中身を見極めながら消費し、午後から議会事務局に行って今後の委員会日程を調整する。停電の全面復旧が長引き、職員の災害対応も当面続きそうな状況を考え、木曜日まで委員会の開催を全て中止する。
 議会事務局で調整し、副議長や議会運営委員会の正副委員長と各常任委員長に電話連絡をした結果、9日から19日にかけての議会休会中の委員会日程を下表のように変更した。
日時 曜日 時間 項目 質問者 備考
09月13日 09:00 委員会 総務常任委員会
14:00 建設常任委員会
09月17日 10:00 教育民生常任委員会
13:00 決算審査特別委員会
09月18日 10:00
09月19日 10:00
 本会議の変更がないので議会運営委員会を開催せずに変更することにしたが、9日に予定していた基地政策特別委員会は20日に開催する方向で調整中である。17日の午前中に予定していた決算審査特別委員会の現地調査は中止して書類審査のみの日程となった。各委員会の付託事項と協議会事案が少ないので何とか成るかと思うが、審議の状況によっては午後の日程がずれ込む可能性も高く、ハードである。
 市役所を出て駅の改札を見てみると内房線は姉ヶ崎以南を運休している案内が置かれひっそりしている。帰宅しても停電が続いており、夕食後に家族を連れて通電されている範囲に居住している妹の家に風呂を借りに行って帰宅すると我が家にも電気が戻っていた。40時間に及ぶ停電であった。
 
 
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2019年9月中旬の記録