62.9月中旬の活動記録
 11日はアメリカ同時多発テロから19年目、東日本大震災から9年6ヶ月であるが特に行事もなく、議会も休会中で特段の公務もないので娘を保育園に送ってから半年ぶりに映画館に行きこの日から公開する『ミッドウェイ』を見る。米軍側からの視点なので気になる点も多かったが映像的には素晴らしかったし半数を空席とする映画館のコロナ対策の状況も確認できた。帰宅して午後から仕事を進め、夕方に娘を迎えに行く。
 夜は災害ボランティア議員連盟千葉支部の議員として携帯電話からZoom会議に参加し、8月27日の会議でそれぞれの課題になっていた事項の報告を受け議論する。感染症の状況を見ながらも今年の総会を富津市で開催する方向性が決められ、来月に下見を行うことなども決められて会議が終わった。
 
 12日は雨の土曜日なので娘と室内で遊んだり買い物に付き合わせたりする。午後から昼寝している間に決算書を読み、夕方は妻子を連れてコストコに買い物に出かけ、フードコートのピザを買って帰宅した。
 
 13日は個人的に行きたかった千葉市の「昭和の森公園」へ娘を連れて出かける。広いことは知っていたが管理水準も高く多くの親子連れが楽しんでおり、自治体でこれを維持できるのは流石政令指定都市だと感心しながら4時間以上も遊ばせてもらった。
 
 14日は娘を送ってから議会事務局で諸調整を行った後、所用で成田に向かう。富里市の西瓜模様のガスタンクが廃止されると聞き回り道して眺める。賛否はあるだろうが個人的には好きな風景である。自民党の総裁に菅官房長官が決まった報道を聞きながら帰宅して保育園に娘を迎えに行く。
 夜中になって妻子が寝静まった頃に床を出て事務所で雑件を処理し、HPの更新を行った。例年だと決算審査の前には2千頁を越える資料に目を通すのだが今年はその1割程度に留め、審議は委員に任せた。
 
 15日から決算審査特別委員会が開始される。今年は感染対策のために現場視察はなく、議場で行われる審査には議員の室内での傍聴も認めず、別室でモニター観戦しながらの運営となる。初日は総体的な事項、歳入、歳出のうち総務費と民生費の審査が行われる。多くの質疑の中で個人的に気になった点は指定管理者の経営状況の確認不足、精度の低い県査定で大きな交付金誤差、公共施設の維持費情報開示、君津市議会選挙への職員派遣、人材派遣の評価、福祉会館の稼働率等である。私は委員に任せて発言を控えていたが民生費の災害救助費で昨年の台風に購入したブルーシートと土嚢について、それが耐候性のないものであったため張替を余儀なくされたことや、注意せずに資材を配布したため屋根からの転落事故等が続いたことを受けて今年の台風シーズンにどの様な対策を考えてるのかという事を最後に質問させていただき午後5時で審査が終了となった。その後、執行部から臨時議会の予定を聴取して帰宅。娘を保育園に迎えに行って夜中に資料を整理した。
 
 16日も10時から決算審査特別委員会に出席する。二日目は衛生費、労働費、農水費、商工費、災害復旧費と土木費の一部及び国保・高齢者・介護・市場の各特別会計の審査が行われる。多くの質疑の中で個人的に気になった点は国保特会と高齢者特会でジェネリック薬品比率の顕著な差、他市で行っている前立腺ガン診断の助成、ゴミ持ち込み処理の広域化検討、らづビズとDMOの費用対効果の検証、アクアコインへの支出総額の開示等である。昨年の秋から冬に掛けて対策が盛んに議論された災害復旧については掘り下げた審査が行われなかったことが残念である。例えば自治会館について未だに補修が行われていない箇所についての指導などを質問しようかと思ったが二日続きで最後の質問者に成ることは自粛し午後4時で審査が終了となった。帰宅して娘を保育園に迎えに行って図書館で絵本の返却や新規の借用を行い、残業で遅くなる妻の帰宅まで子守をしながら一緒に寝てしまった。
 
 17日は早朝に起床して新聞で組閣の記事を読んだ後にHPの記事を書き始め、朝食後に娘を保育園に送ってから帰宅して更新作業を行った後に市役所に行き決算審査特別委員会に出席する。三日目は土木費の残り、下水道特別会計、消防費、教育費、公債費の審査が行われる。多くの質疑の中で個人的に気になった点は、県が都市や農業の垣根を越えて産業用地確保窓口を設置する事で産業用地を農地転用で確保される期待、畳ヶ池放水路の直接浄化の検討、令和元年度中に代執行で撤去した空き家3軒中2軒が相続放棄で請求不能、新消防庁舎の工事遅延金損害賠償額が49万円、小中学校空調整備による光熱費増加見込み額22百万円、NPOに指定管理した野田市博物館の破綻等である。
 最終日なので審議終了後に討論が有り全会一致で決算の認定として3時半に委員会が終了した。感染対策のため別室で連日傍聴した皆様もお疲れ様でした。帰宅してHPに追記し夜は会派選出の決算審査委員と意見交換を行った。
 
 18日に起床すると妻が実家で同居していた叔父が亡くなったと話を聞き夜に里帰りをする事を決めてから娘を保育園に預けて駅前庁舎で庁舎整備の打合せを行った後に税理士会からの寄付金採納を市長・副市長とともに受け取りながら話をする。寄附を戴くだけでも嬉しいのであるが、企業支援が経済産業省所管でなく財務省所管で行えば、殆どの企業の納税及び還付の口座を把握している税務署と税理士会で効率良く対応できただろうという話は目から鱗であった。河野大臣の縦割り打破の一つの視点であろうと思う。帰宅して午後から私的な仕事を片づけて娘を保育園に迎えに行き、夜に妻の実家に向かった。
 
 19日は朝から亡き叔父の納棺を手伝う。午後1時から千葉市で自民党千葉県支部の集いがあったが欠席させていただき昼過ぎまで埼玉県で過ごし、夕方に木更津に戻ってナチュバルに参加する。保育園を通じたPRが効いたのか多くの親子連れで賑わっていたので、私も写真を撮影しながらカメラの機能を色々と試してみた。下は絵画モードである。
 
 帰宅して翌日に持っていく荷物を整えて眠りについた。
 
 20日は朝から埼玉県の葬儀場に行き叔父の葬儀と火葬に立ち会う。人生に色々な事があっても最後は楽しいまま苦しまずに亡くなったとしたら幸せだったのだろうと思いながら親族だけの簡素な式で見送った。
 夕方に千葉県に戻り無投票で現職の高橋市長再選が決まった富津市長選挙祝勝会に列席する。木更津・君津・袖ケ浦及び鴨川の市長や近隣市の議員も多く参加する中で行われた会では人口減少が進む富津市を担う強い覚悟が示され、広域を担う近隣市の安定を心から喜んで帰宅する。
 妻子を埼玉に残してきたので夜は遅くまで事務所に籠もり雑件を処理した後にHPを更新し、明日から少し良くなる天気を期待し山へ行く準備を進めてから就寝した。
 
 
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2020年9月下旬の記録