14.5月中旬の活動記録
 11日は娘を保育園に送ってから自宅で仕事を片づけてから自宅を出て袖ケ浦市役所に向かう。水田越しにクレーンが沢山見えていた。
 袖ケ浦市役所で大成建設が施行する増築工事も順調に進んでおり躯体はほぼ完成しているように見える。現在の議場で開催される定例議会は6月が最後となり9月からは新庁舎で行われる予定と聞くのでその頃に日程が合えば傍聴に行かねばと思いならが旧庁舎の議会エリアへ行く。
 11時に袖ケ浦市議会の議長室に行くと佐藤議長と君津市の小倉・石上議員が来られていた。君津市から選出された3人(橋本議員は都合で欠席)は工事の執行状況や平準化に向けた取組、水道料金見直しに向けた進捗状況、職員体制と課題等について懇談会を開催して説明を行うように佐藤議長に求めに来ていたもので、この日は7月12日に予定しているかずさ水道広域水道企業団議会の懇談会について企業団が正副議長に説明を行うということから要望の趣旨に即した集まりということもあり、同席していただき4人で話を聞いた。企業団からは君津市の要望に加え、防災体制の見直しの説明や大寺浄水場の視察等も含めて議題とするという意見があり、その内容等について1時間半ほど意見交換を行う。令和6年に予定されている料金改定が近くなっているので細かく情報提示を行う必要があると思うが、企業団としては懇談会の開催を増やすことには乗り気でないように感じた。適切に情報が示されないと広域連合議会でも一般質問を取り入れることが必要ではないかと個人的には考えていることも伝えておいた。所用を済ませながら帰宅して仕事の続きを行い、夕方になって娘を迎えに行く前にHPを更新した。
 
 12日も娘を送ってから自宅に戻って仕事を処理し、昼食後にHPを更新する。午後3時から新木更津漁業協同組合の江川支所で開催される旧江川漁業協同組合を対象とした推薦委員選出協議会に出席する。これは昨年の4月に合併した5漁協から出ている役員が任期を迎え、新組合の定款に従い正組合員の過半数が出席する中で理事や幹事の推薦委員を2人決める必要があるため会合で、推薦委員を決めただけでなく理事候補も明らかにしていただいた。江川では推薦委員は形式的なものであるが中には自薦が多くて調整を必要とする支所もあるのだろう。来月下旬に組合員280人弱の総会を開催するようであるが、そもそも定数が支所毎に振り分けられる状況が続くのは合併が事務の効率化や行政認可のためで、実態の合併までに時間が掛かる作業であると実感する。これは昨日袖ケ浦市役所で意見交換した水道事業でも同様であろう。
 漁組を出て市内で所用を済ませて回り17時時半から開催される自由民主党木更津支部役員会議に出席する。議題は参議院選挙の対応と来春の統一地方選挙における自民党公認の手続き等であった。参議院選挙が目前であることは理解していたが気が付けば自分の選挙も一年を切っている状況であることを改めて確認した。帰宅して会議の結果を今後の日程に加え、タブレットを見るとこの日の新規感染者数が30人で、累計感染者数が8千人を超えたことが解った。大型連休の反動が拡大しないことを願うばかりである。
 
 13日の金曜日は娘を保育園に送り、自宅で私的な仕事を処理しながら翌日のBBQに向けてCOSTOCOで肉や野菜を調達する。夕方に雨の中で娘を迎えに行くと、翌朝に予定されていた保育園父兄としての作業が雨で中止になったという連絡が入る。午前中は雨の予報なので仕方ないが、午後は晴れることを期待しながら子守をしていた。
 
 14日は草刈が無くなり妻は保育園の母の会に出席しているので娘の子守りをしがら買い物にも付き合わせる。ベアーズに注文していた自社生産のオーガニック麦酒を生ビールで飲むためのサーバーを借りて会場に運び、一旦帰宅して会議から帰ってきた妻と婆を乗せて会場に行く。
 この日は姉の長男が神奈川県の社宅を出て木更津市内に新築して移住してきた家の披露を兼ねたBBQで妹夫婦も含み親族10人で楽しい一時を過ごす。天気予報の通りに午後から晴れ間が広がり娘も人工芝の上で楽しそうに遊んでいた。交通利便性が高まった結果で喜ばしく思いながら生ビールを楽しんだ。
 
 15日は放置された農地に隣接する用水路に芦が繁茂して流下を阻害し冠水被害が生じていた箇所の解決のため江川区の役員で浚渫する。
 耕作放棄地には住宅や福祉施設の建設が進み、隣接する部分はU字溝を設置するので雑草が繁茂する事態は解消出来る。しかし農家人口の減少により将来の維持管理の担い手が不足する事態を想定すると流末までの整備を開発の許可条件にする開発指導要綱の変更及び条例化が急がれると感じる。
 作業を終えて帰宅すると干潟クリーン作戦が開始されている時間となっていたので参加をあきらめ、着替えてから娘を連れて小櫃堰公園に遊びに行き、夕食後は録画してあった番組をまとめて見た。沖縄が日本にの復帰して50周年であるが、1879年に沖縄県が設置されるまでは琉球王国は存在していたし、終戦の年までが66年、米国統治(琉球政府)の時代が27年と考えると日本で長期間の安定がなかったことが解る。私は今まで9回・52日ほど沖縄に行っているが、ここ6年ほどは訪ねることが出来ずに居る。コロナが明けたら妻子を連れて訪問したいと考えている。
 
 16日は娘を保育園に送ってから自宅事務所で私的な仕事や雑件を処理する。昼食後にHPを更新して本を読み、夕方に娘を迎えに行った。帰宅してタブレットを見るとこの日の新規感染者数は14人で、危惧していたほど大型連休の反動は出ていないようである。
 
 17日は朝から駅前庁舎に登庁し、会派室で会派会議の資料を作成した後に10時から基本条例等検証研究会に出席する。前回の会議後に各委員が出し合った問題点を元に条例の見直しを進め、この日は約2時間を要して第4条まで議論し、議会としての説明責任や意見の把握方法についての手法等を整理すること、議会運営委員会の構成についての県内状況の把握等を行い来月の定例海中に会議を行うことになった。
 12時からは会派室でカツカレーを食べながら羅針盤会派会議を行い、会派としての行政視察の是非や定例会での質問項目の整理、参議院選挙の対応等について確認した。6月定例会では質問できない草刈副議長を除く3人が登壇する予定で、質問項目に対して意見交換も行った。
 13時を回って会議を終え、その後は会派室に残って感染状況を整理してから2時半に帰宅し、事務所でHPを更新した。
 
 18日は保育園から帰って自宅で近隣の工事説明を受ける。その後は事務所で私的な仕事を片づけ、午後から会派室に行き会派の行政視察の可能性を検討するため、飛行機の就航状況等を調べる。
 夕方になり君津市の知人を訪ね、18時から外箕輪の牛匠しらいしを会場にして開催される木更津法人会組織委員会に出席する。今年度最初の会議で、私は始めて出席するが青年会議所等で旧知の者も多く、久々の会議と、会議に続く懇親会を楽しみ、久々に運転代行を頼んで帰宅した。
 
 19日は娘を保育園に送ってから自宅で雑件の処理や調べ物を行い、午後から議会質問の項目整理に取り組んだ。夕方に娘を保育園に迎えに行き、子守りをしながら娘を寝かせ、夜中に報道番組を見た。
 
 20日は娘を保育園に送り、市内各所で所用を済ませて回り、帰宅すると親戚が訪ねてきたので世間話などを楽しみ、夕方に自宅でHPを更新する。夜は知人と街中で飲んでから帰るとこの日の感染者数は先週の金曜日より13人増加した27人であったことを知る。
 木更津市における累計感染者数は今日で82百万人を超えたが、百人増加に要する日数が4日間に伸びた。状況を確認するため一週間の平均を考えると、7日から13日の平均が28.3人であったことに対し、14日から20日の平均では27.0人であり、感染者数は減少している。人口10万人当たり一週間感染者数の2月6日以降のグラフは下記の通りだ。
 
 大型連休の反動がこの程度に収まったと確認するが、登山に例えるとせっかく里が見えてきたのにまた小高い丘に登らされた気分だと思う。このまま可能で有れば本年1月6日以来の15以下の旧ステージUのゾーン(上図で水色の部分)に戻って欲しいが、せめて25以下の旧ステージVのゾーン(上図で黄色の部分)まで低下することを願うばかりである。
 
 
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2022年5月下旬の記録