86.5月中旬の活動記録
 11日は車に草刈機を積み込み、娘を土曜学校に連れて行きながら娘の学ぶ森の整備を行う。草を刈り枝を払い2時間ほど働いてから帰宅して車から草刈機を降ろし、今度は自宅周りの草や枝を整理する。その後は車の荷台を掃除し、能登半島ボランティアへ行く荷物の整理を行う。
 現地では復興作業の需要で宿泊施設が確保できないと考え、車中泊できるように布団を準備し、冷蔵庫代わりにクーラーボックスを積載し、消費期限を迎える保存食を2日分とバーナーとコッヘルを積み込み、作業に合わせられるように数種類の靴と着替えも整理してから土曜学校に娘を迎えに行く。
 帰宅してからシャワーを浴びて服を着替え近隣で新たに住んだ住民に後援会報を配って回り、夕食を食べてから荷物の確認を行い20:25に出発し、アクアライン・首都高・外環道・関越道と乗り継ぎ上信越道黒姫野尻湖PAまで318kmを走り最初の車中泊をする。
 
 12日は5:25に起床して前夜の内に用意していたパンを食べながら珈琲を飲んで運転を始め北陸道の小杉ICで降りコストコ射水店で給油する。この日は木更津市で干潟クリーン作戦が開催されるが欠席である。石川県の七尾に入り連休から立ち入りが可能となった七尾城址に立ち寄ってから街中で買い物をする。更に北上し道路の復旧状況や穴水や珠洲、輪島など街の状況も見るが細かい話は最近思う事に整理する。
 被災の大きさと進まぬ片付けに驚きながら志賀町の道の駅まで473kmを走り、近くで営業していた大型スーパーで翌朝の弁当とボランティアでの昼食を購入する。日帰り温泉に入浴して、レストラン休業中の道の駅の向かいで営業している食堂で生ビールを飲んで2日目の車中泊を行った。
 
 13日は6:45に起床して弁当を食べ、道の駅のトイレが使えないので8時前に志賀町災害ボランティアセンターに移動してトイレを借りる。
 ボランティアには事前登録してあるので受付には既に名札も準備されており、QRコードで参加確認を行うなどスマートな印象を受ける。9時からのオリエンテーションもマッチングを行うのではなく、座った場所で班編成がなされ、活動する場所やゴミの仮置き場もQRコードでマップに連動するなど先進的である。
 ボランティアは10人毎に5班編制され、私の班は私より少し上の世代が4人、若者が5人という感じの編成であり男性9人女性1人であった。午前中に災害ゴミの搬出を1時間半ほどで終えてボランティアセンターに戻り、ニーズ調査中であるが依頼者の都合で本日中に終えたい現場に向かう。屋内の片付けと聞いていたので短靴に変えて向かったが家屋の回りに多くの瓦が落ちており、午後から5人の応援と作業用資材の投入を依頼した。
 応援は強力な北陸電力チームであり、午後3時までに周辺の片付けやゴミの分別も含めた作業を終えることが出来た。作業中に近くを通り過ぎる多くの近所の方が「ありがとうございます」と言っていただいたことが心に残る。30分かけてボランティアセンターに戻り作業報告提出の後に解散となり、直ぐに南下し内灘IC近くのほのぼの湯という温泉に入る。液状化の被害が激しい街なので避難されている方も多く、町民に限って無料で解放していたが私は500円を支払って入浴する。汗を流して福を着替え、金沢で土産や地酒を購入してからコストコ野々市店で給油してから回転寿司でご当地寿司を食べてから帰路に着く。睡魔に襲われる前に予防的措置として22時に到着した小布施PAで3日目の車中泊をした。
 
 14日は4:15に起床し東部湯ノ丸SAまで走ってから給湯器で非常食に熱湯を入れて朝食を造り食べる。後は一路自宅を目指すのであるが首都高の渋滞にも巻き込まれアクアラインを渡ったのは9時を回っていた。
 なお、往復の高速道路料金はボランティア参加と事前申請で無量になるのである。往路はアクアラインの20時以降割引や深夜料金窓で本来は小杉ICまで9,000円、復路は金沢西ICから乗っているので9,820円が免除された。手続きは大変だが助かる制度である。
 3日間連続となるコストコのガソリンスタンドで給油してから自宅に戻り総行程1,411kmのドライブを終える。荷物の片付けや様々なデータや資料の整理、更には市役所とのメールのやり取り等に追われている内に昼を越えて夕方になり、慌てて3日ぶりにあう娘を学童に迎えに行って夕食を摂りながら金沢で購入した日本酒を飲む。風呂上がりに最近思う事の記載をしたが長い文章を書いている内に眠くなってしまった。
 
 15日は9時から会派室で都市整備部及び経済部と議会質問の打合せを行う。市内で所用を済ませながら帰宅して、前日アップを忘れたHPを更新する。質問原稿の手直しをしていると税理士と約束していた午後3時半に成り、父が所有していた土地を案内して回り現在の使用状況を説明する。その後に娘を学童に迎えに行き夕食を食べてから文章を修正したものを市役所関係部署にメールで送った。
 
 16日は私的な仕事を処理していると通告前日に調整が難航している項目の課長から話があり通告項目の変更を行う。夕方にはハンドル支柱が破断した自転車を修理していただいたものを受取に行き、プルメリアの鉢を大きくしてもらうように庭から抜いて頼みに行き、後に娘を学童に迎えに行き夕食を食べてから更新した質問を関係部署にメールした。
 
 17日は資源ゴミを出し、10時半に登庁し6月議会の質問通告をする。既に13人が通告を済ませ私は14人目であった。籤は20のうち16番であり12月議会に続き後半での登場だ。通告内容は下記の通りである。
個人質問通告書(令和6年6月定例会)
令和 6年 5月17日
木更津市議会議長   鶴岡 大治 様
質問議員氏名(21番) 近藤 忍
下記のとおり発言したいので、会議規則第62条第2項の規定により通告します。
大綱・要旨項目
質問事項1 大綱(大項目) 道路事業について
要旨(中項目) 要旨(小項目) 関係部等
(1)中畑桜井工区 @基本計画から見直しの効果
A発生土の運用と行先の状況
B工事内容と開通時期の予定
都市整備部
 〃
 〃
(2)木更津末吉線 @県と市の役割分担の取決め
A発生土の量と設計の見直し
都市整備部
 〃
質問事項2 大綱(大項目) 住民自治について
要旨(中項目) 要旨(小項目) 関係部等
(1)市役所の課題 @自治会に関する職員の認識
A自治会に委ねる事務の範囲
B自治会空白区での市の対応
市民部
 〃
 〃
(2)公平性の課題 @ただ乗りの未加入者の啓蒙
A自治会加入者に対する恩恵
B自治会による水路等の管理
市民部
 〃
経済部
 最終的に質問者は18人となり4日間に渡って質疑が続くことになる。金曜日には岩根西中の運動会が開催されるという案内が届いていたが同日まで質疑が続くことになる。そのため8時半からの開会式だけを見てから議会に出席することになりそうだ。通告後は会派室で作業を行い、幾つかの部署と打合せをしてから帰宅し、雑件を片づけてから娘を学童に迎えに行き、事務所でHPを更新した。
 
 18日は娘を土曜学校に連れて行き、帰宅してから雑件を処理して福祉会館に向かい、木更津市国際交流協会の総会に出席する。
 前年度に比べて法人会員も含めた協会の会員数を137人増加させた488人とし、そのうち外国人会員が88人となったという報告には驚かされた。鈴木会長の交流の広さによると思うが在留外国人が増加する中で国際交流協会の必要性は高まっているので素晴らしい取組であったと感じる。
 決算と予算並びに規約の一部改正と役員人事を承認して総会は終了となった。少し時間を空けて永年功労者の表彰も行うというアナウンスがあったが次の日程もあり退席させていただいた。市内で所用を済ませて帰宅し、荷物を準備して巌根駅から内房線に乗って津田沼まで行き災害ボランティア議員連盟千葉支部の役員会議を行う。習志野市・印西市・佐倉市・富津市の委員と来月末の総会の役割や提案する事業内容等を協議し、夏に支部として能登支援を行うことを決めてから帰宅した。
 
 19日は宿泊用の荷物を車に積んでから岩根西公民会に行き学習室で9時から開催される岩根西まちづくり協議会の総会に出席する。
 前 木更津市で最初のまちづくり協議会として発足し12年目を迎える協議会は総務・防災・地域活性化の3部会と子ども育成特別委員会を設け今年度も避難訓練や地域交流ラジオ体操など様々な活動が計画されている。決算と予算並びに役員人事を承認してから私の挨拶の番となったので、事業費は年間75万円であるが三重県名張市では公民館(地域交流センター)も地域に委託され1千万円を超えた予算が地域に渡されているので真に必要な事業が有れば積極的に提案していただき議会も後押しをしたいことを伝えさせていただいた。意見交換の中で地域の避難計画策定が遅れているという指摘があり常総市を視察して作業は進めていることを説明したが危機管理課の人事異動が続き確かに遅れは否めない。
 総会が終わり鳥居崎公園に直行しナチュラルバルを見学する。午後から雨になる予報では有ったが当面は曇りで耐えられそうで家族連れが楽しそうにイベントを観たり遊んでいる姿を見て娘を連れてくる時間賀とrないこと賀残念に思いながら昼食を購入して帰宅する。
 早めの昼食を食べ終え、13時開始の江川区総会に出席する。新集会場で行う始めての総会であるが数名が間違えて旧集会所に行ってしまい開始は15分ほど遅れた。56の組のうち36人が出席し17人が委任状を提出しているように参加意識は高い。決算と予算並びに規約の一部改正と役員人事を承認して議題が終わり住民からの意見の中で小銭が増えるので可能なら消防後援会費を月220円から200円に変更できないかという提案が成された。約1割の減少分は区の加入者を増やすことで対応できると考えながら、定例会での質問に繋がる様々な事に耳を傾けた。
 総会が終わり急いで館山市の安房神社に向かう。青年会議所時代の同学年の6人で厄払いを受けるのであるが受付終了が午後4時なので間に合うか心配だったが幸い高速道路に渋滞はなかった。祈祷後は旧友再開の懇親会を行い館山市内の旅館に泊まった。
 
 20日はゴルフを行う友人達を見送り木更津に戻り私的な仕事や雑件を片づけ議会質問の配付資料を作成し、夕方に娘を学童に迎えに行き、夕食後に事務所でHPを更新してからFAXやメールを各所に送った。
 
 
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