| 21.7月下旬の活動記録 |
22日も朝から順調に気温が上がる中で江川会場でラジオ体操を行い、家の周りの草刈りを行ってから朝食を摂り娘を学童に送り届ける。

事務所の隣には水田が広がり風のある日にはエアコンなしでも結構涼しい。先月上旬から高温の日が続いたので積算温度が増し米の黄化が進んでいるのが解り台風が上陸していないこともあり豊作の気配もあるがカメムシの被害も多いようだ。米価格の上昇で飼料米から食用米に作付けを変えている農家が多いようで、今後の価格推移が気に成る。
昼から所用で外出し君津まで足を延ばしたので新火葬場周辺道路の進捗を見に行くと完成区間が延びていた。一部の未買収地周辺や波岡小学校前後などの整備が引き続き求められているが、羽鳥野からの工事用道路を何時頃にどの様な形態で開放するかなど、課題は多そうだ。
帰宅して午後からはエアコンの効いた部屋で私的な仕事を処理し、娘を学童に迎えに行き日没前に庭木の手入れを行った。
23日は万石会場でラジオ体操を行ってから朝食を摂り、9時半に娘と娘の友達を袖ケ浦市の英語塾に送り、その後は自宅で雑務を片付けていると外でオスプレイが飛ぶ音がするので事務所の窓から撮影する。
先週末に市役所から届いた情報では今週中に4機を佐賀に移駐する計画なのでその準備飛行なのであろう。既に6機が佐賀に移駐しているので4機の移駐で残りは7機となり、佐賀の方が多くなることで実質的な移行が進んだと感じられる。自宅で飛行を見る機会は減るのだろうと思うと寂しくもある。
夕方からは航空自衛隊が主催する分屯基地盆踊りに来賓として出席し、岩根西まちづくり協議会が呼びかけた連でやっさいもっさいを踊る。 |
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近隣市の首長や高橋・森両県議と草刈議長を始めとした多くの市議も来られたが地元議員として来賓としては一番乗りを果たし地域の役員の方々と様々に情報交換を行い、やっさいもっさいを5曲分踊っているうちに全ての来賓が帰路に着き終了時まで残っていたのは地域の役員や自衛隊の関係者を除くと来賓では私だけに成っていた。子供用のミニゲームや売店が充実し、市民にも多くのテントの下の椅子やテーブルを開放しており例年より多くの住民が早くから参加されていたようであり、設営された航空自衛隊の皆様に感謝したい。
24日は四丁目会場でラジオ体操を行い、朝食後に着替えて9時過ぎに登庁し10時から議員会主催の勉強会に出席する。議題は『庁内における基幹系及び情報系システムの運用について』で総務部情報経営課で情報処理安全確保支援士の資格を持つ重田情報システム係長から説明を受ける。基幹系とはマイナンバーに関する戸籍や税などを管理するシステムで基本的には外部接続をしない。情報系とは行政事務のためで人事や財務などを管理するシステムで国が監視するLGWANに接続する。これだけだと外部情報を入手できないのでインターネット接続系のシステムも存在し、基本的には相互での接続を行えない三層分離という構造にしていた。情報漏洩を防止すると意味では有効であるが事務が効率的でないという問題もあり更なる改善が求められている。
私は3月定例会で配布資料を示し基幹系のシステムが複数課に分散することの非効率を指摘したが行政組織の大きい中核市以上では専門家も多くなり総合的に対応できて安価になるが木更津市のように4人だけで対応する組織では事務が進まず却って非効率に成るという説明であった。
また文章の電子化により紙資料を廃止することの検討についてはルール化を検討することが先という事であり朝日庁舎移転には間に合いそうもなく多くのファイルが物理的に移動することは避けられない。他にも何人かから質問が続き、1時間半ほどで勉強会が終了した。引き続き議長応接室で開催される会派代表者会議に出席する。議題は決算審査特別委員会の人数割りと湾口道路建設促進同盟への議会としての加盟の検討である。前者では羅針盤は4人を出すこととなり、後者は加盟条件が明確でないため事務局レベルで整理を進めることを決めて会議が終了となった。昼食を摂って帰宅し、エアコンを入れた事務所で夕方まで仕事を続け、日が暮れる頃にHPを更新した。
25日は岩根西中学校でラジオ体操を行い、10時から岩根西公民館の主催事業である『ディプアートで造る風鈴』に娘を参加させ体験させる。
ディプアートとは針金のフレームを「ディプ液」と呼ばれる合成樹脂の液体に浸して出来る膜を硬化させて作り上げる作品で、造花のアメリカンフラワーが有名と聞いた。恥ずかしながら初めて聞いた話で、芸術の世界の広さに感心する。
風鈴造りは1時間半ほどで終了し、それから娘を袖ケ浦の英語塾に連れていき、給油と昼食を摂って帰宅し、午後から涼しい事務所でデータのバックアップを行いながら私的な作業を片付けた。
26日の土曜日は妻が都内で用事が有ることとその準備ためラジオ体操を欠席するため岩根小学校会場まで娘と自転車で出かける。体操後に朝食を摂り、朝から娘と映画館デートをしてきたが、この日は岩根西公民館で10時から生花教室が有ったことを夕方に知った。
映画後に東京大学とかずさDNA研究所がイオンモールで開催するイベントに参加するつもりだったが予約でいっぱいと聞いて諦め、フードコートで昼食を摂って100円ショップでジグソーパズルを購入して自宅に戻りエアコンのン下でパズル競争を始めた。
周辺部から組み立て始めたが、娘は30分程度で諦めてしまい、私が二つ作ることに成った。私が担当する300ピースに3時間ほど格闘して夕食の直前に完成させ、夜は麦酒を呑んで報道番組を見た。
27日は江川会場でラジオ体操を行った後、妻が都内で用事が有るため娘の面倒を見る日に成る。午前中は娘が前日に投げ出した200ピースのパズルを完成させ、2作品とも裏紙を貼って固定させ、その後は前日までに娘が行った問題集の答え合わせをする。午後からは娘とともにケーブルテレビのアニメを見てから夕方に涼しくなってから一人で草刈に出かけ、帰宅後にシャワーを浴びて夕食を摂った。
28日は娘がキャンプに出かけるので準備に忙しい2人を置いて一人で岩根西中会場でラジオ体操を行い、津田沼の集合場所まで送る妻と共に巌根駅まで送ったのちは自宅で私的な仕事を行い、夕方からHPを更新してから登山の準備を行い午後7時半に自宅を出発し、上信越道の千曲川さかきPAで車中泊をした。
29日は午前5時に起床して行動を再開し、よませスキー場の駐車場に車を停め朝食を摂り午前6時半から高社山[1,351m]へ登る。
暑くなる前に行動を終えようと考えての早朝登山であるがそれでも汗の量が凄く夏山の厳しさを感じる。下山して温泉で着替えて信濃町に入り、ナウマンゾウ博物館の見学などを済ませてから娘のキャンプ場の近くの宿に泊まったところ、ご主人は昼にキャンプの手伝いをしているとの事であった。
30日は長野市の予想最高気温が37℃で熱中症警戒アラートが発令されたというニュースを見てから午前7時半に宿を出て、斑尾東急GCの駐車場に車を停めて午前8時半に運行を始めるリフトで標高1100mの野尻湖テラスまで上がり、そこから斑尾山[1,381m]へ登る。
東急のリゾートらしく野尻湖テラスの周辺にはユリが植えられ気持ちの良い空間であった。行動開始時間が遅いので前日より気温が高くリフトを使っても暑さで体力が奪われる。この登山を行っているころに津波警報が発令されていたようだがテラスの観光客やリフト乗り場の人たちは話題にしていなかった。
長野市内で立ち寄った酒蔵でカムチャツカ半島での大地震と津波警報を教えてもらいラジオで情報を聞き続けるが日本国内で大きな被害が出ていないようで安堵する。その一方で兵庫県丹波市では国内観測史上最高温となる41.2℃を記録するなど、津波と高温に襲われた大変な日であったが夜に帰宅してテレビを見るまで細かな状況は解らなかった。
31日は自転車で万石会場に行ってラジオ体操を行い、午前中に来客応対をして、日中は私的な仕事や雑務を処理する。午後4時に袖ケ浦駅まで3泊4日のキャンプから帰ってきた娘を迎えに行き、午後6時半から暑気払いの唎酒会に出席して長野で購入して来た酒等を味わった。
→2025年8月上旬の記録。 |
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