No.14 日光編      日本を走る ←No13白里編No15鎌倉編→
旅行期間 1979年8月19日〜1979年8月21日 旅行日数:3日間
総走行距離 435km
走破市町村 31
同行者 無し 使用自転車:LT
総費用 およそ4000円程度 当時の年齢:15歳(高校1年)
初日 1979年8月19日
走行区間 自宅〜日光市中禅寺水戸屋
走行距離 250km
走破市町村 18(白井,沼南,柏,庄和,春日部,杉戸,宮代,幸手,栗橋,野木,小山,国分寺,南河内,石橋,上三川,宇都宮,今市,日光)
累計数 166
 中学生の時、校外学習で行った奥日光まで自力で行きたい。そのような想いで長距離の旅に出た。
 距離も長いのでいつものように早寝をした後、午前0時より走行開始。夜中の16号線を延々と走り、春日部で4号線に入る頃に夜が明ける。国道を宇都宮まで忠実に辿り、大谷観音や石切場を見た後、杉並木を経て東照宮に至り日光見学を開始する。校外学習の時は団体で動いて見落としていたことが多い事に気づきながら輪王寺や二荒山神社までゆっくり回る。見学を終えたのが午後3時なので、今夜の宿は決めていないが、行動を終了するにはまだ早いので思い切って「いろは坂」に挑戦する。もちろん寝不足でこの距離を走行した後には無謀な挑戦で、半分も登らないうちにスタミナが切れる。中禅寺湖畔に着いたときには既に日没後であった。おまけに雨も降り始めたので宿泊案内所で教えてもらった宿に泊まる。直ぐに熟睡したことは言うまでもない。
2日目 1979年8月20日
走行区間 日光市中禅寺水戸屋〜港区姉の下宿先
輪行区間 埼玉県上里町→東京都中央区(トラック)
走行距離 155km
走破市町村 13(片品,利根,白沢,沼田,子持,渋川,吉岡,群馬,前橋,高崎,藤岡,新,上里)
累計数 179
 中禅寺湖畔の朝なのだが小雨混じりで爽やかではない。そんな天候の中を華厳の滝、二荒山神社、竜頭の滝、戦場ヶ原、湯滝と奥日光観光をしながら標高を稼ぐうちに雨は上がる。しかし金精峠の上りで急激に足に来て、自転車を押しながら登る。この日越えた標高1,867mは志賀編で渋峠を越えるまで3年間高度記録を保持した。群馬県側は長いダウンヒル。吹割の滝を見学した後、想定外の約160mの上り返しが椎坂峠で訪れ、沼田に出た頃にはヘロヘロの状況。距離短縮と前橋市街回避のために17号を渋川で離れ高崎に出ると今度は高温がさらに体力を奪う。
 埼玉県に入ったところで信号で停止中の品川ナンバーの瓦屋さんのトラックに東京方面に乗せていって下さいと頼み、首都高神田インターを出た所まで約100kmのヒッチハイクを行う。後は東京で勤めている姉が下宿している大井まで夜の東京を走り、見所は多いが厳しい行程を終了した。
3日目 1979年8月21日
走行区間 港区姉の下宿先〜自宅
走行距離 30km
走破市町村 0
累計数 179
 疲労が酷く、姉の下宿先を出て羽田空港に有る大鳥居までダラダラと流す。この頃は呪いが有るとか心霊スポットとかが大好きだったと思う。ノストラダムスの大予言も興奮して読んでいた記憶がある。今はこの大鳥居も無事故で撤去された。そこから木更津行きフェリーが出る川崎浮島は僅かである。(次は鎌倉編