議長の2年を思う
2021/07/02記
 一昨日で6月が終わり昨日から令和3年の後半戦が始まった。
 先月3日に開催された6月議会の初日で議長を辞職して、その日のうちに最近思う事にも辞職の挨拶代わりに議場で行った御礼の言葉を掲載してきたが、定例議会が終わり月が変わって重城新議長体制も軌道に乗っているところなので、ここらで落ち着いて私が議長として過ごした2年間とはどの様な日々だったのか思い返すことにした。まず、特別な出来事を振り返りたい。
 
@ ナイジェリア大使とキャンプ覚書交換 令和元年05月23日
A 原田防衛副大臣から暫定配備打診 令和元年05月24日
B 江川陸上競技場の開設式典参加 令和元年06月23日
C ベトナム国ダナン市と友好都市調印 令和元年07月26日
D 臨時議会(補正予算・基地要望等) 令和元年08月05日
E きさトラに議員チームでリレーに出場 令和元年08月25日
F 台風15号被害に伴う議会日程変更 令和元年09月09日
G 台風15号に伴う本会議緊急質問 令和元年09月26日
H 米食味コンクールin木更津で審査員 令和元年11月30日
I 暫定配備に関する意見書を国に提出 令和元年12月19日
J 臨時議会(補正予算・歳費削減等) 令和02年05月07日
K 議運で一般質問の中止を決定 令和02年05月26日
L 感染症対策に伴う本会議緊急質問 令和02年06月16日
M 木更津駐屯地に関する協議会参加 令和02年06月19日
N 陸自オスプレイ暫定配備の開始 令和02年07月10日
O 議運に議会改革の6項目を諮問 令和02年07月16日
P 臨時議会(コロナ対策補正予算等) 令和02年07月20日
Q 臨時議会(コロナ対策補正予算等) 令和02年10月16日
R 基地協関東支部総会in木更津開催 令和02年11月09日
S 庁舎整備に関する意見書を市に提出 令和02年12月24日
 
 この期間に議会を越えた大きな出来事としては令和2年4月8日と令和3年1月8日に発令された緊急事態宣言があり、議会が関与せずに市内で行われたものでは令和元年9月14日に木更津市として始めて開設した災害ボランティアセンターと令和3年5月15日から運用している新型コロナウイルスワクチン集団接種会場というものもある。つくづく特殊な2年であったと思う。
 
 これ以外にも様々なことがあったが全てを網羅しているわけではない。私が議長として開催した臨時議会は全て記載したが、改選後に開催されて私が議長に選出された令和元年5月14日の臨時議会については除いている。国政や近隣市での選挙も沢山あったが数年に一度の行事であるうえにとても私的な応援行為であるのでここでの「特別なこと」として扱ってはいない。しかし台風被害下での君津市議会議員選挙や緊急事態宣言中の富津市市議会議員選挙などは二度と見られないような特殊な事態であった。
 同様に北関東防衛局に持参する基地に関する要望書は6年前に私が基地対策特別委員会委員長に就任してから毎年行っている事なので特別扱いはしていないし、視察や全国議長会等の会合も毎年行われているので表には入れていない。それでも20項目をあげることになるとは我ながら驚いているが、多くは就任直後のことであり、特に令和3年の項目がないのはコロナの影響が大きいと改めて感じている。
 
 この様な日程の中で、私が議長を行うことで2点の成果を得たと考えている。最初は危機管理に関する事項である。基本的には議会基本条例の策定にあたり危機管理条項を入れるべきだと主張して通ったものなので私が議長でなくとも成立した可能性は高いが、災害ボランティア議連に属しての勉強と、期間中に房総を襲撃した台風15号の被害が大きかった房総の議長との意見交換を活かした内容に成ったと自負している。
 基準等の成立順に並べると、
@ 新型コロナウイルス感染症対策における会議の基準
A 大規模災害対応指針(災害対応行動マニュアル)の策定
B 議場からの避難経路及び方法
C 災害時の議場代替施設と運用方針
 となる。@は臨時議会の開催を目前にして令和2年4月に急遽策定したものであり、Aの方が8月まで遅れてしまったことも感染症でそれどころではなかったためである。BとCはAの策定に伴って必要となったもので、それぞれ同年の10月と11月に策定した。これが必要となるような大災害が訪れないことを願ってはいるが、想定外に対応しておくことも議会の務めである。
 
 成果の2点目は議会運営に関する事項である。これは諮問を行って改革した「3月定例会における付託省略の廃止」という項目と感染症対策も兼ねた効率的審議を目指した「予算審査の費目順から所属別への変更」という点で、どちらも令和3年2月12日開催の本会議で採用している。私の任期の最後に行った改革である。その他の諮問については継続になったものも多く、成果が見えてくるのは次の改選からになるかも知れない。
 
 他にも令和2年6月から令和3年9月末まで16ヶ月にわたり議員歳費を10%削減したことも私の任期中のことであり、木更津市議会として前例のないことが次々に訪れる日々であった。他の議員と意見の違いも多々あったが、それぞれに良い議会を目指しての事なので23人の議員全員に御礼を申し上げたい。
 この難局を一緒に切り開いてきた國吉副議長、齋藤議運委員長、鶴岡同副委員長は同期当選組でもあり、皆さんが私より年上でありながら文句も余り言わずに多くの面でサポートをしてくれた。暫定配備に関して委員会対応に苦慮した永原委員長と庁舎の意見集約を進めた鶴岡委員長、そして会派間の調整に汗を流し続けた我が会派の草刈幹事長や平野議員、さらには大所高所からアドバイスを戴いた三上議員会長にも深く感謝する。
 この様な状況に誰かが巡り会わねば成らぬので有れば、その場の傍観者でなく立ち向かう権限があったことを喜び胸を張りたい。
 
 感染症の終息までには再度の感染拡大も予想され、議会から感染者が出ることも無視できない。異常気象や地震による災害は何時訪れるか解らないので、私以降の議長さんも大変な場面に巡り合う事になるだろう。その頃も一介の議員として残っている様で有れば微力ながら恩返しをしなければと考えつつ、想い出の整理を終了する。