55.10月上旬の活動記録
1日は県から委譲を受けた上総博物館が木更津市郷土博物館として開館する日である。セレモニーなども有ったが、担当委員会では無いので出席せず、開館から時間が経過した午後3時に一市民として展示を見に行った。200円を払って入場したが当日券の通し番号は10番だった。
館山自動車道の建設や区画整理の進展に伴う文化財調査で数多くの情報が積み重なっており、展示の内容は学術的には高いものとなっているように見受けられたが、大勢の市民が訪れる工夫は必要そうだった。
午後4時に会派室に行き、若手議員5名で政策検討会を行う。この日は課題を抽出して、各自の宿題として翌週の7日に再度会合を行うことを決めて解散した。6時からは市内某所で某懇親会に出席する。新しい組合せの会合は知的に新鮮で、有意義な時間であった。
2日は個人的な雑務に追われて終日過ごす。昨日、各自の宿題をまとめるフォームを作成する役割だったが、午前中の予定が夕方まで遅れてしまった。
3日は午前中にHPの更新などを行った後、
午後3時から木更津商工会議所で開催される港祭りの反省会に出席する。その場で反省すべき点の意見を会場に求められたので、商工会青年部の総括の後に続き、やっさいもっさいへ参加する人数要件の緩和を提案させて頂いた。
その後、市役所に立ち寄って調べものを行い、夜はかずさアークで開催されたかずさアカデミア音楽コンクール運営委員会に参加する。来年は第7回のピアノコンクールの開催年になるので、募集要項やポスター・チラシ等を音楽学校向けた発送作業などを行った。
4日は朝からパソコンに向かいデータ整理作業等をしていたが、天気
が良いので健康増進も必要と思い、自転車を車に積んで市原の高滝ダムに向かう。そこの駐車場に車を停め自転車を組み立て勝浦までの往復ランをしてくる。途中でタンタンメンが有名なラーメン屋で2玉のつけ麺を食べてきたからメタボ対策にはならなかったかも知れない。
夕方には町内会の会合で近所の家に行く。市政の質問に対して何でも答えられるようにしなければ、と改めて思ったりする。
5日は天気予報が良い方に外れ、青空の下で陸上自衛隊木更津駐屯地の航空祭に来賓として出席する。燃料高騰を受け、模擬飛行に参加する機数を減らすと聞くと時流を感じずには居られない。
今年は航空祭としては36回目であるが、木更津基地の米軍部隊が撤収(基地使用権は今でも米軍が優先)し、木更津駐屯地として創立されて40周年となる記念の年である。
本来ならこの様な記念の年に防衛に精通した浜田代議士も出たいところであろうが、防衛大臣に就任して、多忙のためと防衛行政全体を代表する立場で地元基地の祝賀会には出席できない不自由な立場にあると、挨拶に立った富津市議会の平野副議長が代議士と同級生の立場からも説明されていた。
航空祭の式典が一通り終わった後にヘリコプターの体験搭乗をさせて貰う。天気は段々下り坂で青空でないのが残念である。その上燃料高騰で飛行経路も短い。10年ぐらい前に乗った体験搭乗では富津岬まで行ったが今回は南袖で折り返しである。
それでもたまに空から木更津を見下ろすと気持ちがよいものである。上記写真は金田のアクアライン料金所周辺である。
一通りの用事を済ませ、木更津基地を午後3時前に出発し、駅東口で開催されている木更津無尊を見に行く。会場を広く分散させ全体的な盛り上がりを仕掛けている姿には裏側の苦労に感動を覚える。
全体的に内容の濃い日曜日であった。
6日の月曜日はHPの更新や明日の会派会議に向けて資料を調べ、午後から市内で所用を済ませて、夕方は知人と情報交換会を行う。
7日は午前中に雑用を済ませ、午後3時から会派室で1日に出された課題の調整会議を行う。それぞれ良く調べものをしているが、多くの意見を交換する中でより良い方向を目指すことが出来そうだ。
8日は午前中に知人の会社に行き、次回の議会質問に向けて現場の声を聞いてくる。業界の違う私にとっては色々と勉強になる場である。
事務所に帰って資料などを片づけたら夕方の電車に乗り成田空港に行き、
サイパン島への旅
に出発した。
9日と10日は透明な海に潜り、第二次世界大戦の跡地を自転車で見て回り、現地在住の日本人と意見を交わす中で見聞を深めてくる。
11日は日本時間で朝0時20分に起床してサイパン空港までバスで運ばれ、日本時間午前4時の飛行機で成田に帰り、自宅には午前10時前に帰り着いた。溜まった雑用を処理したが、流石に日程がきつく疲れた。
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2008年10月中旬の記録