70.12月上旬の活動記録
 1日は午前中に市内で所用を済ませ、午後から市役所に行き議会質問の調整を行うが具体的な進展が見られない。夕方から気分を変えて海上自衛隊木更津航空補給処主催による「海の音楽まつり」に行く。
 
 今年で24回目となる行事は、木更津総合高校和太鼓部・演歌歌手出光仁美・海上自衛隊横須賀音楽隊による演奏で、2時間に渡り楽しい時を過ごさせていただいた。
 
 2日は冷たい雨が降る中で、前夜に送られてきたメールに対するコメントを行ったり、HPの更新を済ませてから市内に出かけ、さらに市役所で打合せを行い帰宅する。
 
 3日は公務の無い土曜日だったので天気が良ければ初冬の山にでも行こうと思っていたが天気予報の通りに雨であった。自宅や地域の雑務を行う一方で議会質問の原稿に手を入れつつ、街に出かけ開業したばかりの稲荷町のコンビニで「スライム肉まん」を買うなど、のんびり過ごさせて頂いた。
 
 4日は快晴で暖かな日曜日である。しかし午後4時から地域(西山区)の忘年会が入っているので遠出も叶わないので、朝から議会に上程された13本の市道認定案件の現地調査に出かけた。

市道2445号線

市道3315号線

市道7895号線

市道7896号線

市道7897号線

市道7898号線

市道7899号線

市道7900号線

市道27901号線

市道7902号線

市道7903号線

市道7904号線

市道7905号線

羽鳥野の4号緑地から見る富士山
 2路線以外は羽鳥野4丁目で叶V昭和が2次開発した大規模造成の道路である。羽鳥野を造成した烏田土地区画整理組合の設計・工事担当課長を行っていた時には予算削減のために粗造成で終えてしまった4丁目を、このように価値有るものにしていただいた行為には個人的に感謝しつつも、技術屋としては部分的な違和感や不満の有る点も感じつつ、懐かしい場所を散策しているうちに正午を回ってしまった。
 午後1時に帰宅して内業を行った後、江川区長の江野澤さんと供に西山区の忘年会に出席し、細かな意見を聞くことの出きる貴重な時間を過ごして帰宅し、HPの更新を行った。
 
 5日は議会休会中であるが、午前中から答弁の諸調整を行い、午後2時半から『緑の基本計画懇談会』の傍聴を、たまたま会派室に居た鶴岡議員と供に行う。今議会の委員会協議会で報告がある内容を事前に把握するためであるが、広範な議論と多くの項目に、余程要約しないと委員会で報告することは難しいだろうと思う。
 
 6日より議会質問が開始される。初日は大村富良議員(一新の会)、平野卓義議員(羅針盤)、篠崎哲也議員(一新の会)、佐藤多美男議員(日本共産党)、重城正義議員(自由民主クラブ)の5名である。平野議員の質疑の中で11月19日に行われた木更津バルのチケット売上が307枚である事を知った。金額にして9万円程度である。もっと盛り上がっていると思っていたが、予想外の少なさに驚いた。重城議員の質問で津波避難ビルが3件に成った事が報告された。それ以外のビルオーナーも拒否はしていないようなのでもっと多くの指定が進むことを願うものである。
 この夜は青年会議所の望年例会が木更津ビューホテルで行われるのでOBとして出席する。この日に質問を終えた平野議員は気楽に、明日に質問を控えている鶴岡議員は押さえ目にしながら、そして私は翌日の忘年会も気にしながら多くの懐かしい方々や後輩と懇親を深めてきた。
 
 7日は國吉俊夫議員(一新の会)、永原利浩議員(羅針盤)、田中紀子議員(市民ネット)、鈴木秀子議員(日本共産党)、鶴岡大治議員(羅針盤)の5名が質問に立った。國吉議員の質問に対し市政70周年を記念して原付のナンバーをオリジナルなものにするよう検討が進められる回答があった。香取市の例では金型を120万円で造っているようなので、案外コストも低い話題造りにはなりそうだ。永原議員と田中議員が別の視点から放射能の除去を論じていたことも論拠や資料が豊富で聞き応えがあったが、最後の鶴岡議員が地域手当を取り上げたときには、緊張感の高い議論が行われ、今議会最大のハイライトであった。それはまた、我々議員が3月議会の案件に向けてどうするかという問題でもある。それにしても『お答えしたくないのですが質問なので』という言い回しは如何なものであろうか、と思ったのは私だけであろうか。
 この夜は市民まちづくり塾で11月12日に行われた
彼岸花移植活動の反省会と翌年の自然観察会に向けた素案造りを兼ねた忘年会を行う。流石に翌日が質問なので夜遅くならないようにセーブして帰宅した。
 
 8日は宮木康弘議員(羅針盤)、私、座親政彦議員(新栄会)、清水宗一議員(自由民主クラブ)、白坂英義議員(新栄会)の5名が質問を行った。宮木議員の質疑で住基カードの利用拡大の方向として他市では健康診断や公共施設予約等の取組があり本市では図書館利用の検討を進めるとあった。国保健康保健証など、市が発行するものを一本化する取組はどんどん進めて貰いたい。私の質問は後日全文掲載をするが、議論が解るように詳細な図面を資料として配布した方が良かったかと反省。この日の質疑の聞き所は真舟小学校の開校を今までより早い平成26年4月を目指すというものである。今議会に詳細設計費が補正上程されているので技術者としては理解できる行程であるが、同じ質問を6日の佐藤議員が行ったときには明確に回答しなかった事が気になった。この2日間で決断したという理由ではあったが、議会に入る前に決断されていて当然の案件であるので違和感は拭いがたい。
 市役所から江川区長宅に直行し、消防関係の協議を行い、その後は会派の全ての質問が終わったので軽く慰労会を開催した。しかし流石に3日連続で身体に対する負担は大きかったようだ。
 
 9日は高橋てる子議員(元気力発電所)、渡辺厚子議員(公明党)、三上和俊議員(自由民主クラブ)、大野俊幸議員(一新の会)の4名が質問を行った。三上議員の質問で望田郡の望田は馬来田に由来されていることを始めて知った。また高橋議員と大野議員が職員の定数管理を質問したが、本市は近隣市に比べ市民1人あたりの職員数が少ないという回答があった。それを言えば東京都青ヶ島村は人口165人で職員は20人(平成22年4月1日)と非効率だと心の中で思った。個人質問は以上の19人で終了し、議案の大綱質疑が行われ、人事案件以外は委員会に付託されて休会となった。会派室でしばらく話を行った後、帰宅し、ゆっくり休息をとった。
 
 10日は午前中にHPの更新を行い、午後から後輩の結婚式の披露宴に参列する。本人も各種団体で活躍した上に、御尊父が著名な方なので、数名の議員を含む多くの列席者が会場に集まっていた。開会は午後3時からだが思い出に残るイベントも多く時間が過ぎる。
 午後6時からは地域の忘年会に出席するため、閉幕を待てずに移動せざるを得なかったことと、深夜の月蝕が雲で見られなかったことが残念な夜になった。
 
 
 →
2011年12月中旬の記録