21.7月下旬の活動記録
 21日は早朝に爽やかな諏訪湖畔を散歩する。永原議員は一周16kmのランニングコースを走ってきたと言うから驚きであるが、木更津にもこのようなコースは欲しいという考え方には賛同する。ホテルに帰って朝食を摂り、朝8時半にホテルに迎えに来て貰ったワンボックスカーに乗って長野県を後にする。
 諏訪ICから中央道に乗り次の視察地である南アルプス市に向かう。当初の予定通り9:45に市役所に到着すると、議会事務局が迎えに出向いており、誘導されるまま現地の管理集会施設に移動する。
 
2.山梨県南アルプス市
 市制施行 平成15年4月1日
 人口 72,305人(平成28年4月1日現在の住民基本台帳登録数)
 面積 264.07km2
 平成28年度一般会計予算額 288億7千万円
 財政力指数 0.57 (平成26年度)
 視察項目 クラインガルテンについて
 南アルプス市は平成の大合併により6町村(八田村・白根町・芦安村・若草町・櫛形町・甲西町)が合流して誕生した市である。合併後、中山間地の有休農地や耕作放棄地の解消の要望が地区住民より出され、平成18年度から検討を開始し、平成19年度に農水省の「元気な地域づくり交付金」を受け、平成22年度までに2地区合計4.8ha、30区画の整備を行ったものである。2地区の概要は下表の通りである。
中野エリア 湯沢エリア 両地区合計
開発面積 2.8ha 2.0ha 4.8ha
区画数 滞在型 17 13 30
日帰型 - 20 20
入居者内訳
(H28.7.1現在)
東京都 11 7 18
神奈川 4 6 10
千葉県 2 0 2
地権者数 人数 32 28 60
筆数 45 59 104
管理集会施設 60u - 60u
休憩施設 - 37u 37u
整備事業費(万円) 約33,900 約31,790 約65,690
 南アルプス市の特長は滞在型区画が約500uで全国でもっとも広い事で、平均のおよそ2倍である。土地は全て借地で10a当たり2万円を市から地権者に支払っている。整備事業費のうち3億16百万円が前述の交付金、3億1890万円が合併特例債を利用し、一般会計からは2210万円を使用している。利用者は特定の少数に利便を与えるのではないという観点で5年間の使用が認められ入会金として41万1420円、同額の年間使用料を支払っている。なお、地区内の借地を別途契約する準備期間として2年間の延長が特例として認められている。
 平成25年度まで市が直営で運営していたが平成26年度から地域住民によって設立されたNPO「田舎暮らしの郷南アルプス」に指定管理委託され、お世話農家・清掃管理スタッフ等で構成された組織で入居者と各種イベント(開園祭・夕涼み会・収穫祭・各種地域行事・会費制クラブ活動等)で交流している。
 開設から5年が経過し平成26年度に中野エリアが入れ替わった後、平成27年度の湯沢エリアの入れ替えからNPOが募集業務も行うことになった。その結果、13区画中12区画が入れ替わったが、30組の申し込みがあるほど人気であったようだ。入居者の入会金は一般会計に入れられ、年会費から借地料の約百万円を支払った残りの約11百万円が指定管理料として支払われており、市から毎年の事業費支出はないが、整備事業費を回収するという制度にはなっていないようだ。
 管理集会施設での説明後に現地を見に行く。富士山の見えるロケーションもあり、年間のうち340日近く寝泊まりするなど別荘的に利用している入居者も居るようである。またクラブ活動として棚田での水稲栽培体験も有り、年4回の参加の会費はお米20kgのプレゼントで15,000円である。
 入居者は少数他品種の野菜栽培だけでなく花を植えるなど環境を整えており施設はとても綺麗であった。しかし整備事業費に着目すると滞在型30区画に約6.6億円であるので区画当たり約22百万円である。耕作放棄地を利用して事業が起きて入居者の消費活動による経済波及効果だけでなく、退去者のうち4組が空き家を借用し、1組は空き家を購入して居住に至るなど、人口増加の効果も出ているが、木更津で展開する場合には費用対効果の検証も必要かと思いながら視察を終えた。
 
 ワンボックスカーで南アルプス市を出る前に昼食を摂り、農協の直売所で桃やスモモを購入するなど、視察協力に敬意を表して消費活動を行う。その後、来た高速を戻るように北杜市に向かい、途中で明野の向日葵畑の賑わい等を観ながら進み、この日の宿泊予定地である「おいしい学校」に到着する。
 
3.山梨県北杜市
 市制施行 平成16年11月1日
 人口 47,927人(平成28年4月1日現在の住民基本台帳登録数)
 面積 602.48km2
 平成28年度一般会計予算額 325億8千万円
 財政力指数 0.45 (平成26年度)
 視察項目 「おいしい学校」について
 北杜市は平成の大合併により7町村(明野村・須玉町・高根町・長坂町・大泉村・白州町・武川村)が合流して誕生した市であり、後ほど小淵沢町を吸収している。合併前の須玉町にあった津金学校は明治8年の設立と歴史が長いものの人口の減少により昭和43年に中学校が、昭和60年には小学校が統合され閉校となった。閉校後も平成10年までは明治・大正・昭和の三代に渡る校舎が残されており、地域住民の強い要望で平成11年に大正校舎を解体復元して農業体験農業施設として復活し、中学校であった昭和校舎も平成12年に総合交流促進施設「おいしい学校」として解体復元された。なお「おいしい学校」の宿泊棟は昭和校舎の裏側に平成になってから新築されたものであり、プールや体育館は解体も利用もされずに大正校舎の裏にひっそりと佇んでいた。
   明治校舎は国内最古の疑洋風学校校舎として県の指定文化財となり内部は歴史資料館としてNPO文化資源活用協会に指定管理されている。大正校舎は地区住民が「大正館管理委員会」を構成し農業体験施設としての運営の指定管理を受けている。そして昭和校舎が宿泊・入浴・農産品加工販売・パン工房・レストラン等の運営をするため、合併後の平成18年度に市と地元経済界が半分づつ拠出する形で設立された第3セクター株式会社「おいしい学校」が指定管理社として運営している。
 このように同じ敷地の各施設が別の管理者で運営され、一体的なイベントが行われなかった反省から「おいしい学校」の社長に副市長を据えて総合的な調整を計っているとの事である。この日も家族連れの宿泊者が複数いるなど利用状況も好調で、パン工房は近くのペンションに出荷しているとの事である。
 研修後に夕食を食べながら、木更津市で閉校になる学校が出た場合に同様の利用形態が可能かと話し合ったが、特徴的な校舎や背景に八ヶ岳を持つロケーションに対抗するだけの魅力がなければ難しいという意見が多数であった。
 
 22日は朝から小雨が降るので高原の散歩も出来ず、ゆっくり朝食を摂ってから北杜市役所に異動して研修である。市役所は旧須玉町に立地しているので、てっきり旧役場を利用しているかと思っていたが統合されて廃校になった高校を利用していた。役場の跡地に出来たのが視察対象建築だと後ほど知る。
 
4.山梨県北杜市(データは前日参照)
 視察項目 子育て支援住宅について
 北杜市は八ヶ岳山麓への移住者も多いがリタイヤした高齢者が多く、子育て世代は韮崎や甲府といった都市に流出する傾向が高く、特殊合計出生率は県下最低の1.13に低下した。市は危機感を募らせ、6つの基本方針から成る子育て支援策を展開することになった。
 平成21年度から第2子以降の保育料を制限をかけず完全無料化することや、平成24年度からハローワーク韮崎と一体となって就労と生活支援を実施する窓口を市役所に設けたこと、平成27年度からは子育て世代の移住促進として住宅購入やリホームについて補助金を出すこと等、各種施策を展開しており、平成25年度から検討が始まり平成27年9月から入居が始まった子育て支援住宅を今回は視察した。
 この施策は市営住宅を子育てに特化したもので、入居期限は5年(条件により最長10年)、入居要件は子が居るか子育て予定のある夫婦のみ世帯で退去後も市内に定住する世帯であり、市町村民税が課税され滞納していない日本人又は永住権を有するものとなっている。課税されている事を要件に加えているのは市内で退去後に不動産の取得又は賃貸を行える収入の見込めるものとしたためである。子育て支援住宅は市内3箇所(須玉・大泉・武川)に各18戸のものを順次建設する計画で、最初の須玉団地については平成27年2月2日から3月13日までの募集期間に49世帯からの応募があり、小学校入学前の子供が多い世帯等の優先順序で絞った結果、18戸中9戸が市街からの入居に成ったようである。因みに現在募集を開始している大泉団地では大多数が市街からの応募であり、人口増加対策としても有効に機能しているようだ。
 須玉団地の延床面積は1,473uで、部屋は下図の3タイプから成っており、入居費用月額は左から順に42,000円、37,000円、36,000円である。所得による入居費用の減免を聞いたところ設定は無いという事であった。これも、低所得者用の住宅福祉施策と一線を画している。
 
 この家賃を元に、入居費用による市の収入年額を計算すると
 (42000×3+37000×3+36000×12)×12=8,028,000[円/年]となる。一方、この設計施工に要した事業費は約5億1450万円で、入居費用から逆算すると約64年で償還する。ちなみに事業費を18戸で単純に割ると1戸当たり約2858万円となる。なお、敷地面積は5,296uと広大であるが、これは合併により空いた須玉町役場の跡地であるため用地費用は含まれていない。その分を考えると、更に1戸当たりの単価は上がる。。5億を越える事業費の財源には合併特例債を充当しているようだ。
 子育て支援住宅の特徴は各戸に2台の駐車スペースと屋外に専用トランクルームが確保されている他、南側に広い広場を設け、建物内にもプレイルームや学習室といった共有空間を設け、各戸が部屋の鍵を管理している。これらの維持には入居費とは別に団地内自治会費月額3,000円を当てているとの事である。また防音対策やレイアウト、コンセント位置まで子供に配慮した設計とするためミキハウス子育て総研鰍ェ実施している「子育てにやさしい住まいと環境」の認定を受けている。認定料は3団地で百万円を要しているが、有名ブランドによる全国的な情報発信と成ることで問い合わせも多く、PR効果は高かったようだ。
 木更津での新築アパートの半額程度の家賃であり、官業による民業圧迫という視点や、事業費についての意見を確認したが、そもそも北杜市は民間アパートが少なく、市営住宅の管理戸数も1,424(入居数1,167)に成るなど、人口規模に比べ市営住宅が多く、子育て支援住宅が一段落したら白州地区で就業促進住宅を建てようと計画しているように行政が積極的に住宅政策に係わっており、議会からも批判的な意見は無かったとの事である。入居費用が安いのも退去後の住居取得のために貯蓄して欲しいという面も有るようだ。3階で18戸という規模が小さく思い5階建てにする検討をしたのかと聞いたところ、駐車場や広場を確保するとこの程度が限界という回答であった。
 市役所での質疑の後、外観や共有室の確認に現地に行った。外に出ると朝の雨もすっかり上がり、青空が広がり始めていた。
 愛称を「はっぴいタウン須玉」とした団地の庭には人工芝が敷かれ、滑り台や土管などの遊具も配置され、共有のプレイルームも綺麗で広いなど、ともかく立派な施設を目にすると、これでは応募者が増えるのは当然だと感じた。ただし、人口減少の危機感がある北杜市だから議会も同意したとしても、民間アパートや区画整理地内の戸建住宅で人口が伸びている木更津市で「子育て」に特化した施策は意見が分かれるであろう。個人的には中郷や富岡と言った若年層が流出する地域では検討するべき施策ではないかと考えながら視察を終えた。
 
 チャーターしていたワンボックスカーで甲府駅まで行き、「あずさ18号」で新宿に到着。新南改札からの乗り換えも容易にバスタ新宿に入り、空港のカウンターのような施設を見学してから木更津駅までバスに乗り、到着後は別の交歓会に出席し、視察の疲れも忘れて意見交換を深夜まで深め続けた。
 
 23日は朝7時から江川熊野神社の祭礼準備を行い、帰宅後は溜まっているメール対応や仕事の片づけに夕方まで追われる。夕暮れの涼しい時間帯になってから岩根4丁目睦会『ふるさと夏祭り』の前夜祭に出席する。イベントは4時から始まっているが、少し遅れて、住民と日没の時間を楽しんだ。
 
 24日は朝6時に自宅を出て岩根西中学校の校庭に行き、この日から始まる地域交流ラジオ体操に参加する。初日なので会場を集約しているため多くの人が集まっていた(翌日聞くと248人との事であった)。
 ラジオ体操終了後に急ぎ帰宅して着替え、7時に江川熊野神社に祭礼役員として集まり八剱八幡神社に獅子頭のお祓いに行く。熊野神社で若干の神事を執り行った後、9時半から江川日枝神社祭礼に出席する。数年前までは子供御輿で町内を回っていた祭礼も、目前に中野畑沢線が開通した交通事情や子供達の出席数の低下等で境内での縁日的行事だけになっており、地域での祭の再開を多くの人から望まれた。
 次いで万石子供育成会が行う夏祭りの御輿巡幸を見に行く。万石地区でも祭礼の縮小に対して子供育成会が自主的にお祭りを企画し、それを区が支援する形で復活したものである。11時には特別養護老人ホームであるいわね潮の香園に着くと聞いていたのでその方向に向かうと手前で列に追いつくことが出来た。潮の香園では多くの入居が待っており、御輿と子供の到着で顔が活き活きとしてた事が印象的であり、郷土意識醸成以外の効果を発見した気持ちになった。
 万石集会所に帰り着き、冷たいお茶を飲みながらスタッフや関係者の皆様と話をした。集会所の中には多くの子供も入って賑やかであり、子供御輿を始めとする様々なものが手作りである事にも驚かされる。神社の氏子による祭礼が各地で人手不足の危機に瀕している中、新しい形での取組であると興味深く感じてきた。
 帰宅し、午後から我が家の娘を訪ねて来る妻の友人をBTに迎えに行き、その後は事務所でHPの更新作業を行っていたが、日没の頃に夕食を摂りに行こうと話が出て、店に行く前に江川海外の夕焼けを観に出かけたところ、駐車している車や三脚を持った人の多さに驚かされた。
 
 君津市の濃溝の滝では駐車場に車が入りきれず県道が渋滞する事態になって市が対策を講じたようだが、木更津も何かせねば成るまいと感じつつ、美女に囲まれて夕食に出かけた。
 
 25日は75人が集まってる岩根小学校会場でラジオ体操を終えた後、着替えて朝日庁舎に向かい、10時から木更津市へ行政視察に訪れた議員を総務常任委員長として歓迎し、観光協会で会議を行い、会派室で所用を済ませてから庁舎を後にする。市内各所で所用を済ませる。
 帰宅後は事務所に籠もってHPの更新作業を行ったが、会派の行政視察に手こずり、深夜になってもアップすることは出来なかった。
 
 26日は25人が集まっている万石会場でラジオ体操を終えた後、事務所に籠もってHPの更新作業や、様々な雑務を片づける。相模原から凄惨な報道も届くが、昼の千葉テレビで木更津総合高校が高校野球県大会を勝ち抜いたことを知り歓喜に涌く。
 遅い昼食を摂り、市内で所用を済ませてから消防本部や朝日庁舎に行って各種の打合せを行い帰宅。夜は子守をしていた。
 
 27日は朝から雨模様なので自主的にラジオ体操を休んで早朝から総合高校関係の新聞記事に満悦してから事務所で仕事をする。昼から駅前庁舎の議会事務局に行って翌日の視察の確認を行い、朝日庁舎に回って質問のための資料を集める。帰宅後は自宅の雑務を片づけた。
 
 28日は約30人が集まっている中里会場でラジオ体操を終えた後、日帰り出張の準備を済ませてから駅前庁舎まで送って貰う。今回の視察は所管である総務常任委員会の8人以外に委員外議員が7人、消防本部が4人、議会事務局が3人の合計22人の視察団である。
 9:30に市のバスで駅前庁舎を出発し、木更津南ICから館山道・東関道・圏央道・常磐道を経て土浦市に到着する。昼食を「板東太郎」で食べてから行政視察の開始である。
 
1.茨城県土浦市 [ ]内は木更津市
 市制施行 昭和15年11月3日 [昭和17年11月3日]
 人口(平成28年7月1日現在) 140,474人 [134,336人]
 面積 122.89km2 [138.73km2]
 平成28年度一般会計予算額    574億8千万円 [405億3千万円]
 財政力指数 0.89 (平成26年度)   [0.840(平成27年度)]
 視察項目 消防本部新庁舎について
 土浦市は平成18年2月20日に新治村を吸収合併したこと事により、人口・面積供に木更津市と同規模の自治体になった。元々、市制施行の古さや戦前は海軍の街で、近年はTUKUBA・KAZUSAという研究都市の母都市になるなど、極めて似た歴史を歩んできた市である。木更津市が昭和47年竣工の消防庁舎が老朽化して建て替えを検討しているように、土浦市も昭和41年竣工の老朽化した消防庁舎を所有していたが本年の3月末から新庁舎に移転して業務を開始している。消防職員数や消防団と団員の数までほぼ近似している土浦市の新庁舎のアイディアを参考にさせて貰うために新庁舎の視察を行うことにしたのである。
 土浦新消防庁舎の基本方針は、
 1.災害に強く持続可能な庁舎
 2.市民に開かれた庁舎
 3.人と地球にやさしい庁舎
 4.機能的経済的な庁舎
という4項目であり、東日本大震災で被災した茨城県内の各地消防庁舎の反省から免震装置を設けた点等は本市の設計と異なる。
 災害に強くするために軽油とガソリンをそれぞれ1万リットル備蓄出来る地下タンクを設け、日々の給油もその備蓄を利用している。屋上には太陽光発電を設置しているが、浸水の被害を受けないように非常用発電機も屋上に置かれ、ライフラインが寸断されても自立できる施設としてある。庁舎はガラスを多用し、見学する市民から見え易くすると供に、職員や車両がどの様な状況にあるか把握しながら指揮できるように設計されている。仮眠室を個室化するとかトレーニング室を見え易い場所に置くこと、壁一面をホワイトボードにすることや防災学習コーナーや展示コーナーのレイアウトや内容の充実具合など参考になると感じた。それでも司令室や受付が狭いことや訓練棟上部の手すりが不十分な事など、出来上がって運用を開始して解る不便点もあったようである。
 潜水訓練が行える5mプールを内包した訓練棟や操法大会が開催でき緊急ヘリも着陸できる屋外広場やそれらを配置できる13,396uの敷地など、本市では設けることを諦めねば成らないものも多い。そもそも事業費が本市計画の2倍近い規模で、財源には合併特例債を使用しているとの事である。
 会議室での丁寧な質疑に対する答弁と、現地を2班に分けての説明など土浦消防本部の方々には大変お世話になって現地を後にして高速道路で木更津に帰る。17:20に駅前庁舎で解散後は、有志で視察内容を肴に夜遅くまで意見交換を楽しんだ。
 
 29日も約30人が集まっている江川会場へラジオ体操に行くが梅雨明け後の日射しが厳しい。駅前庁舎等で各種の打合せを行い、所用を済ませて帰宅。19時過ぎに江川海岸に立ち寄ってみると大型バス2台と乗用車16台が停車しており、既に観光地化していた。
 
 30日も約30人が集まっている岩根4丁目会場でラジオ体操を終えた後、太田山公園で翌日の竹炭造りの準備を行う。展望台から富士山も見える澄んだ空であったがそれだけに日射しも厳しく、午前中に作業を終えて汗だくになって帰宅し、水を浴びてからHPを更新した。
 夜は「TOKYO BAYLINE」が開催する「SAKE PARTY」に誘われて宝屋に行く。多くの欧米系外国人が参加して飯沼本家の酒を通じて日本の文化を楽しんでいた。8月末には閉館となった銭湯の人参湯を使って地元の酒蔵によるイベントも行われるようで、それも楽しみである。
 
 31日も約30人が集まっている久津間会場でラジオ体操に参加する。例年は参加者の少ない会場であるが子供が多く、担当者が呼びかけに力を入れているのだろうと推察する。町内の雑務を終えてから太田山公園に行き『
太田山竹取物語』のイベントに加わる。
 この日は竹炭造りと竹灯籠の作成、及び竹炭の火力を利用したBBQ体験であるが、梅雨明けして3日目というのに度々スコールのような雨に襲われ作業が時折滞ることもあった。濡れた服のままで午後5時近くに自宅に帰ると直ぐに風呂に浸かり、夜は家庭内の雑務をしていたら疲れて寝てしまった。
 
 
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2016年8月上旬の記録