81.3月下旬の活動記録
21日は春分の日であるが冷たい雨の降る一日だったので、娘と室内で遊んで過ごし、娘が寝た頃には読書をして、終日自宅で過ごした。
22日は午前中にHPの更新作業を行う。午後から晴れ間も出てきたので市内で所用を済ませながら千束台での住宅の建設具合を見に行くと、着実に建築が進んでいる。同じ会社が購入した真舟小学校用地や畑沢中学校用地では工事が始まっていないが、もう数年間は住宅の供給余地が有りそうだ。
夕方には江川海岸に行くと、駐車場には5台のバイクを含め40台近い車が停まっていた。春休みの大学生と思われる若者が何組も居たのが新鮮だった。富士山は頂上が少し見えるだけで、さらにダイヤモンドとは位置がずれていたが、綺麗な夕焼けが見られた。
23日は午前中に朝日庁舎で所用を済ませ、午後から社会福祉法人鵬和会さつき園の評議員会議に出席する。県や広域市町村圏事務組合の指摘を受けて色々改善している状況を聞きながら、今年度の補正予算と翌年度の事業計画及び予算案等について審査を行った。
会議終了後、江川漁業協同組合に移動し、資格審査委員会に出席する。高齢で漁業を辞めるものや死亡後に準組合員の権利を継承する者が居ないなどで、組合員数の減少が続いていることの危機感を覚えた。
市長選挙が無くなったので夕食後に荷物をまとめ、妻子を妻の実家に里帰りさせて、この夜から私も新座市でお世話になる事になった。
24日は妻の実家を早朝に出発し東京都と埼玉県の境にある
棒ノ嶺[969m]
の登山を行う。春分の日の雪は少し残っていたが気持ちよい山歩きを楽しませていただいた。帰り道にもう一座の登山を楽しみ、夜には妻の実家でゆっくりと休ませていただいた。
25日は義母と妻子を伴い、東松山市にある埼玉県こども動物自然公園に遊びに行く。気温が暖かく成ったことも有るのか、近隣の畑が臨時駐車場に成るほどの混雑状況であった。敷地も広く変化に富んでおり、とても一日で見て回ることは叶わなかった。
この夜には寝ている妻子を部屋に残し、妻の両親や義弟たちと近くの居酒屋で酒を酌み交わし、積もる話を語り合った。
26日は朝から帰り支度をしていると産経新聞がオスプレイ5機を木更津に暫定配備させるという記事を出したことでの対応が続くことになる。結局、今回も所管する北関東防衛局の頭を越えて政府筋からニュースが漏れたようで、何も決まっていない状況下で対処が難しい。それでも現状を伝えるように市へ手配を行い、夜になって木更津に帰宅した。
27日は駅前庁舎で各種の調整を行った後、昼前に娘を保育園に迎えに行き、昼食後に公園で遊ばせ、昼寝を始めてからHPの更新作業を行った。夕方には作業を休み、君津市の斎場に行き知人の御尊父の葬儀に参列した。
28日は娘を保育園に送ってから駅前庁舎でオスプレイの対応等について打合せ、昼前に娘を保育園へ迎えに行ったまま娘と一緒に警察に行って交通事故で破損した私の看板について原因者に連絡を取って貰うように依頼する。午後は娘が昼寝している間に翌日のロータリークラブで使用するパワーポイントを作成した。
29日は交通事故で壊れた看板の補修について業者と現場で打合せた後、駅前庁舎に行って昨日から実証実験が始まったアクアコインのアプリを携帯にインストールする。メールに手こずりながら最後まで作業が進まない中でも慌ただしく市役所を退庁し岩根公民館に移動する。
先週の20日に引き続き10時から開催される「いわね健康よろず相談(第2回)」へは若干送れて到着したところ、既に座りきれないほどの聴衆が居て、私は後ろの出入り口で講演を聞く。健康相談室の役割についての議論が進む中では有るが、途中で退席し、ベイプラザホテルに移動する。
12時に会場についてパソコンの設定を終え、12時半より開始される木更津ロータリークラブの例会に出席しボランティア活動の事例を話す卓話の時間に太田山での「竹取物語」の活動報告を市民まちづくり塾の地曳代表と共に行った。なお、私はパソコンの操作の役割であった。
13時半に例会が終わり、君津信用組合の本店に行って何とかインストールを終えたアプリを使いアクアコインをチャージして、それをワシントンホテルのパン屋で使ってみる。使い勝手の悪さは改善の余地がある。次いで市役所で諸般の打ち合わせを終えた所で公務が終わり、帰宅して娘を連れて江川運動公園に行って閉園時間まで遊び、夜は妻子を連れて外食に出かけてハードな一日の打ち上げを行った。
30日は娘を保育園に送ってから自宅で雑務を片づけ、昼前に市役所に行って議会事務局と打合せを行い、午後2時過ぎに娘を保育園に迎えに行って自宅で遊ばせ、夜になって帰宅した妻に娘を預けて夜中にHPの更新作業を行った。
31日は岩根四丁目の第14回桜まつりの開会から出席する。例年は蕾の桜であるが今年は念願の満開の祭りである。主催者である若木会の服部会長が挨拶の中で「若気会」ともじって若く有ろうと話されていたが、一部では関係者の高齢化により来年以降の開催が危惧されているようで心配である。
昼前に帰宅し、午後は家人が全て不在となる中、娘を連れて小櫃堰か太田山の桜を見に行こうと考えたが、車に乗ることを嫌がり家の庭で遊びたがる娘と共に、のんびりと土曜の半日を過ごした。
→
2018年4月上旬の記録