38.1月中旬の活動記録
 12日は9時に自宅を出てアカデミアホールへ行き成人式に出席する。今年の新成人は男738人・女635人・計1,373人で昨年より46人増加しているとの事である。市外に住居変更した者や越境して木更津市の私立中学校に通っていた者も参加する事が見込まれるため、そもそも不足する会場のキャパに合わせて今年も午前午後に分けての開催となる。
 第一中・岩根中・金田中・富来田中・畑沢中・岩西中・波岡中・志学館中等部を対象とした第2部では会場の外でちょっとした騒動になっていたようだが、会場内ではヤジなども飛ばす、礼儀を保った成人式となっていた。夜は各地で同窓会に成るようだ。
 後日、教育委員会から送られてきた資料によると、出席者は午前午後併せて971人で、出席率は昨年(71.89%)と同等の70.72%であったようだ。午後3時過ぎに自宅に戻ってHPを更新し、夜6時からは江川区の役員とともに江川消防団新年会に出席して一年の平安を願った。
 
 13日は10時に自宅を出て市民会館中ホールに行き交通安全協会初出式に列席する。交通指導員と婦人指導員の合計120人が出席する中、木更津警察所管内である木更津市と袖ケ浦市の市長・県議・議長・消防長・消防団長等が来賓として出席し、優良運転者等の表彰や交通事故防止決意宣言が行われた。
 2019年中に千葉県内で交通事故により死亡者数は172人に達し、全国ワーストとなり木更津警察所管内でも9人が亡くなっている。この中には江川の通学路を青信号で渡っていて無くなった児童も含まれており、痛ましさは身につまされる。今年は事故死亡者が無いことを願う。
 帰宅して遅めの昼食を取り、穏やかな日射しの中で娘と江川運動公園で遊んだが、風がないので凧揚げは元日から出来ないままである。
 
 14日は朝早くゴミを出して娘を保育園に送り、急いで自宅に戻って8時半に自宅を出てアクアライン・首都高・外環道を経由して松戸市に向かい10時半より千葉県自治体病院経営都市議会協議会視察研修会に参加する。集合場所は病院の会議室で、概要説明後に視察をする。
 
1.松戸市立総合医療センター
 視察項目 松戸市立総合医療センターについて
 「松戸市国民健康保険病院」として1950年に開設され2017年12月に新築移転とともに「松戸市立総合医療センター」に名称変更した当該病院は東葛北部135万人の拠点病院であり、32科の診療科目と600床の入院施設を持つ。特徴として小児科医療が5科と充実し、ICUも県下最大の3種・51床を所有している。この事は看護士の人件費増大にも成り不採算部門を多くしているが、地域医療最後の砦として必要だと判断している。その為に松戸市は平成30年度に24億34百万円を一般会計から繰り出していた。災害時の拠点病院として機能するため免震構造を採用し、1階の通路は大規模災害時のトリアージが行えるよう酸素供給施設等も準備されている。また教育委員会と連携して近隣の小中学校から先生を派遣し「ひまらや学級」という病院内教室も設けられていた。視察した時には中学校のクラスには誰も居なかったが小学校のクラスでは先生が2人の児童を教えていた。市立らしい対応で感心する。
 ドクターヘリの運用はしていないがヘリポートを設けることで印西の日本医科大学のヘリが年間30件程度搬送してくるようだ。地上9階建ての建物は建設費198億5千万円も含め事業費292億9千万円で整備され、将来的は駐車場に建て替える事で現位置での営業を継続する計画である。
 小児科には産婦人科病院で手に負えない難しい患者が転送されてくるので出産数は多くないようだ。また医師不足に対しては千葉大の医局や東京医科歯科大学の医局で対応してもらっているが麻酔科医の不足が生じているとの事で君津中央病院と同じ苦労をしているようだ。看護学校も併設しているが本市より少ない40人/年の卒業生である。『すべての人に「来てよかった」と思われる病院を目指します。』という基本理念に添って、運営費用は掛かっているが松戸市という自治体の覚悟も感じられる良い視察であり、君津中央病院の参考になった。
 視察終了後に木更津に戻り明日の研修の資料や進行について議会事務局と打ち合わせて帰宅し、雑件を処理した後にHPを更新した。
 
 15日は午前中に私的な仕事を片づけ、11時からアカデミアホールに移動し県南市議会議長会議員研修会の諸調整を行う。
 昼食を早めに摂り、13時から13市の議長と日程の確認会議を執り行い、13時40分に檀上に移動、14時からの開会セレモニーの中で開催都市の議長として挨拶する。本日の議題は「議会としての災害対応のあり方」と題して危機管理アドバイザーである国崎信江さんの講演を聴く。
 講演の後半で議会災害対応マニュアルについて説明があったが、台風被害の大きかった市や津波被害が想定される市では真剣に取り組もうとする一方、対策本部を議会に設けるような考えについて反対の意見も出され、他市の議長からはもっと聴きたかったという声も上がるなど、何れにしろタイムリーな企画になったものと、開催地としては思った。因みにこの日の参加者は13市から234人の議員を含む275人であった。
 午後5時に帰宅してHPを更新していると水道広域連合から議案説明についての電話が入る。個別説明でなく、全体で議論して問題点の理解をしたいという磯貝新議長の考えが通じることを願うが、日程が混んでいる時期に13人を集めることが可能だろうかと心配になった。
 
 16日は夕方に津田沼で大学時代の友人達と新年会を行う予定があったので、折角なのでその前の時間を使って松戸にある千葉県西部防災センターと市川市にある千葉県立現代産業科学館を見に行った。
 防災センターは見学だけでなく体験ツアーが設けられており、地震や煙の体験と消火器の使用方法や心肺蘇生法のやり方などを習得できる。しかし午後最初のツアーは私だけだったので、何が出来るかを教えてもい、体験は全て断って早めにツアーを切り上げさせていただき、松戸駅に戻った。
 下総中山駅で降りて現代産業博物館まで歩く。午後3時に到着して急いで館内を見て回るが千葉県の産業発展の歴史以外にも液体窒素の実験や放電体験等のメニューで学べ、小学生が化学を知る体験に成りそうだ。しかし平日の午後で実験を見守ったのは私の他に6人しか居なかったことは残念である。
 午後4時過ぎに博物館を出て市川駅南口のアイ・リンクタウン展望施設を目指して30分ほど歩く。富士山は見えなかったが江戸川越しに東京の夜景が見渡せ、日本夜景百選の価値を感じる。因みに木更津市の太田山にあるきみさらづタワーも千葉県内に3箇所有る百選の一つである。
 午後6時に市川駅からJRで津田沼に移動し、大学の研究室の友人達と新年会を楽しんで帰宅するが、どこかに車の鍵を忘れてしまった。
 
 17日はスペアキーで娘を保育園に送り、雑務を片づけ10時半に自宅を出てベイプラザホテルに行き木更津港運協会・木更津港港湾運送事業協同組合・(財)千葉港湾福利厚生協会木更津支部・港湾労災防止協会木更津支部の共同開催による賀詞交歓会に出席する。
 重要港湾である木更津港は木更津市・君津市・富津市の三市が範囲なので各市の市長と議長と関係する県議会議員も参加しており、他にも国や県の各種機関の関係者が多数参加して、港湾の発展と無災害を誓って情報交換を行った。私も来賓紹介をされるだけで挨拶もないため気軽に旧知の方々と新年のお祝いを行って過ごした。
 終了後に議会事務局に立ち寄り諸調整を行って帰宅する。忘れ物の問い合わせを各所にするが手掛かりもなく、夕方に再度ベイプラザホテルに行って君高出身職員の交流会に平野議員とともに出席した。
 
 18日は朝から雨が降る中、娘の子守をしながら木更津こども劇場の第101回公演を見た後、冬花火が中止になったことを知って、市内で買い物や食事をして早めに帰宅し、都内で所用がある妻の帰宅までに娘を寝かしつけようとしたら私も一緒に寝てしまった。
 
 19日は朝から快晴の中、8時半に市民体育館に向かい、木更津子ども会育成連絡協議会が主催し9時に開催する木更津市子どもなわとび大会の開会式に来賓として出席し、挨拶を行う。
 今回は第11回の大会で、5ブロックに別れた7つの子ども会から112人の子どもたちが選手登録して短縄跳びと大縄跳びで競い合うのであるが、残念ながら次の会場に移動せねば成らず、準備体操を始める姿を後ろから撮影して会場を後にした。早朝から設営された皆様には申し訳なく感じる。
 9時半過ぎに旧潮見庁舎駐車場に到着してジェスパルのブースなどを見学してから受付を済ませ、10時開催の木更津消防出初式に列席する。風が強くなり舞台の上での部隊入場閲覧は寒さが堪えた。
 表彰式の後に来賓として短い挨拶を行い、式典後の連携総合訓練を移動しながら見学する。今年も千葉市の消防ヘリが参加して戴き、車両を切断して中から要救助者を救出する訓練等を楽しませていただいた。お昼になる前に式典の全てが終了したので帰路の途中で木更津駅前に回る。
 木更津駅前で開催されているナチュラルバルは好天に恵まれ、街なか謎解き探検のイベントの相乗効果もあって大変賑わっていた。天候に恵まれなかった時も多かっただけに、今回の出店者は喜んで帰れるだろうと私も安堵する。会場を20分程度見て回ってから帰宅して雑件を片づけた。
 午後から風が有れば娘と凧揚げでもしようかと考えたが無風になったので妻に子守を任せ、明日からの視察の準備とHPの更新を行った。
 
 20日は7時15分に木更津駅に集合し、会派の視察に向かう。上越新幹線を高崎駅で降り上越線の各駅列車に乗って沼田駅に11時11分に降り立つ。駅前に雪も残って居らず、暖冬であることを確認しつつ昼食を摂り、午後1時過ぎに行政視察を開始する。
 
1.群馬県沼田市
 市制施行 昭和29年4月1日
 人口 47,381人(令和元年12月31日現在)
 面積 443.46km2
 令和元年度一般会計予算額 245億54百万円
 財政力指数 0.521 (平成30年度)
 視察項目 テラス沼田整備事業について
 到着が早かったので説明を受ける前に議場を見学させてもらう。ガラス張りの議場は市民にも貸出を行うフラットな構造で、この日もイベント後なので議席等は全て収納されていた。議会は傍聴席から見て職員と議員が左右に座る英国式との事である。色々感心してから会議室に入り、担当より経緯を聴く。
 沼田市の中心市街地で第一種市街地再開発事業として1993年4月に沼田サティをキーテナントにして地上7階、延床28,973uの商業施設棟「グリ−ンベル21」及び地上7階、延床12,073uの駐車場棟がオープンした(同じ手法で木更津にSOGOがキーテナントとなって地上9階地下1階、延べ床42,679uの「アクア木更津」がオープンしたのは1988年の事なので沼田の5年前の話である)。翌年には隣接して市立図書館が開館し、商業施設棟と駐車場棟と空中歩廊で結ばれた。その後にモータリゼーションが進み郊外型商業施設の進出に伴い経営が悪化し、2002年にサティが撤退、翌年に長崎屋が入るが2008年に閉店、テナントも相次いで撤退し管理費不足や固定資産税の滞納等の問題が生じ、2014年には行政が取得することと成った(木更津市が「アクア木更津」を取得したのは2003年で、2010年1月の臨時議会で民間への売却を議会として承認し、2015年9月24日に民間ビルを賃貸して市役所が開所した)。沼田市では2015年に「グリーンベル21」の活用方法を検討する中で老朽化して分散している市役所等の機能を一元的に集約しようという事となり、2017年に実施設計を策定、2019年3月に工事が完成し同年5月7日から新庁舎の入居する「テラス沼田」として運用が始まった。因みに担当者は現在の木更津市役所も参考にしたと言われていた。
 ビルの取得費は駐車場棟も含み約5億65百万円、駐車場の改修工事に約2億23百万円、商業施設棟の設計と改修工事には約52億8千万円(内起債額約45億8千万円)を投じている。また吹き抜けの設置や外壁の一部撤去等で延べ床面積は24,066uに減少した。
 梁の補強等で保有水平体力を1.56に上げ、防災備品庫も備え防災拠点の機能を高めている。内部の配置では3箇所に分散し老朽化していた市役所機能と中央公民館に間借りしていた教育委員会を集約し、余った面積に消費生活センター・市民活動センター・子ども広場・福祉作業所を移設すると供に、新たに創業支援センター・歴史資料館・福祉カフェを新設している。更に国の機関のハローワーク、県の機関のジョブカフェ、社会福祉協議会、障害者相談センター・商工会議所、コミュニティFM、ロータリークラブといった行政と関わりの深い組織も入所し、その上でスポーツジムや食堂といった民間施設にも賃貸して賃料を得ている。賃料の判断は不動産鑑定を行って決めており、公共性の高い機関は1/2に減免している。また1階にはスーパーが進出する予定であったが直前に計画が覆るなど空いているスペースも有る。国や県の機関の誘致及び隣接する郵便局の一体化を目指し市長・副市長が積極的に働きかけたが実現できなかった事も多かったようだ。
 市役所の集約に併せて業務改善も進め、プリンターやコピー機を大幅に削減し、議会のネット配信も行うように成った。職員が集まることで情報伝達が容易になり業務の効率化だけでなくコミュニケーションの向上に繋がることで行政力が上がっている。写真は7階のルーフガーデンから見る武尊山である。
 施設の名称である「テラス」は愛称の公募によって決められ、意味は「段丘」であるが、市民を「照らす」にも通じている。段丘は沼田市街地が利根川と片品川による河岸段丘が発達している事から街の誇りと成っており、駅にも「日本一美しい河岸段丘」という幟が有った。私は学生時代を群馬県で送っていたが、不幸にしてその事を知らなかった。
 木更津市では現在の駅前・朝日の分庁方式を続けるという方向を示しているが、沼田市を見る限り集約の効果は大きく、さらに市民の広場の配置や公共性の高い団体も同居することで市民サービスがワンストップに近い形で進む物と思われる。また議場の配置についても、とても参考になった視察となった。
 午後3時半に視察を終えて川越市に移動する。日没後に本川越駅に近いホテルにチェックインしてから街中に出て、賑やかな焼鳥屋に入り議会運営等について熱く議論をした。
 
 22日は夜明け前に起床して風呂に入り、蔵造りの街並みを見るため明け方の冷たい空気の中で散歩する。横道にも大正建築が多く残り、立派な寺も多く歴史のある町の底力を感じる。7時半過ぎにホテルに戻って朝食を摂り、8時半に迎えに来ていただいた車で市役所に移動し8時50分から視察を始める。
 
2.埼玉県川越市
 市制施行 大正11年12月1日
 人口 353,422人(令和元年11月1日現在)
 面積 109.13km2
 令和元年度一般会計予算額 1,115億5千万円
 財政力指数 0.974 (平成30年度)
 視察項目 児童館の設置・運営について
 川越市は令和4年に市制施行100周年を迎える歴史有る城下町であり、その市政60周年事業としてプラネタリウムを併設した児童館である「こどもの城」を昭和58年に開館し、平成14年に駅前の複合施設内に2箇所目の児童館を開館した。これらは児童福祉法に基づく児童館であるが、平成20年に3箇所目として開設した高階市民センター内の児童館は法で定められてる広場を設けることが出来ず、川越市の条例で規定する児童館という扱いになっている。利用者は3館併せて年間に約16万人で、そのうち約4万人が自主事業の参加者である。市の職員は各館長と高階児童館に配置された保育主事の合計4人で、他に嘱託職員や臨時職員を16人配置しており、施設の運営費は人件費を除き3館合計で年間約6千万円である。開館時間は9:30〜17:30であり、午前中は乳児を連れた専業主婦の利用が多く、午後3時以降は学校帰りの小学生が増える。民間保育園のプレ保育に参加する幼児が増えたために利用者数は平成28年以降減少気味で、自主事業の展開が課題と感じているようだ。
 公民館とは別に児童館を造っているのは子どもが優先的に利用できる施設の要望が多く、市の西部にもう1箇所という声が出ているようだが財政的な問題で検討中という事である。また施設が古く、中学生が楽しむ設備が欲しいというニーズに答えられない点も課題であり、上尾市の施設は良いと薦めてくれた。
 人口35万人の市であるが待機児童数は令和元年度で20名に過ぎず、学童保育については全ての希望者が入れる状況となっており、児童館が待機児童対策として位置付けられてはいない。また開館時間を延長して欲しいという声も届いてないようで、天体観測イベント以外は通常の時間の中で自主事業も行われているようだ。3館だけでは市民の行動範囲内を網羅することは出来ず、近隣市の坂戸市・鶴ヶ島市・新座市・上尾市の児童館を利用する川越市民も多いようである。千葉県に比べ埼玉県に児童館が多い理由を聞いてみたが理由は解らなかった。
 質疑応答を終え「こどもの城」を見学に行く。施設は住宅地の中に有り、時折周辺からうるさいという苦情も来るようだ。また建設から37年が経過し、天体望遠鏡やプラネタリウムは当時のものを大切に使用している。投影機を交換する場合は1億円の費用が必要になり壊れないことを願っていた
 10時を過ぎて次々と幼児を連れたお母さんが施設に入ってくる。子育て世代の交流の場として重要で、特に自宅に引きこもりがちに成る専業主婦が友人を増やし子育ての悩みを解決する場に成っていると感じた。
 木更津市では子供会の解散が続き、市が子どもの集まる場を設けることが必要に成りつつある。木更津市を始め近隣市にも現在児童館は無いが、
昨年9月28日のまちづくりコンテストで児童館という子育ての場を提案し、渡辺市長も市長賞を与えたように、これから前向きに取り組むべき課題であろう。
 午前10時半過ぎに視察を終えて川越駅に送っていただき、東武東上線で池袋に出る。駅から南池袋公園まで歩き、ParkPFIの先進事例の状況を見学する。
 
3.東京都豊島区南池袋公園
 視察項目 都市公園内における商業施設について
 この公園は樹木が生い茂って利用頻度が低かったものを変電所工事に併せた整備の中で、公園の民間利用を緩和する趣旨の都市公園法改正のモデル事業として商業施設を配置すると供に民間資金を活用したもので、木更津市が鳥居崎公園で進めているパークベイプロジェクトの先進事例である。
 
豊島区のHPを抜粋すると区画整理事業により生まれた公園で、地下変電所工事及び公園整備工事での一時閉鎖を終えて平成28年4月2日に開園。公園内にカフェレストラン「Racines FARM to PARK」が営業している。また、行政と地域とが協働しながら公園空間の良好な保全と健全な賑わいを創出し、地域の活性化を図ることを目的に「南池袋公園をよくする会」が商店会・町会・区の代表者・隣接地権者・カフェレストラン運営者・学識経験者・植栽管理者で構成されて設立され、公園利用のルールや公園の更なる魅力向上に繋がる活動を話し合っている。
 この様に取り組みも興味深いものであるため視察が集中し、日程が合わずに区の説明を聞くことが出来なかったので現場を見て回り、デザインや利用状況を確認する事としたのだが、多くの家族が芝の上でくつろぎ、商業施設で購入した飲物等を楽しむ姿を見て、本市の公園整備にも活かしたいと感じた。
 池袋からJRを乗り継いで木更津に戻り荷物を片づける。この日は一般社団法人かずさ青年会議所の総会に招待されていたが視察と重なり出席できず、夜からは青年会議所OB会の総会も有ったのだが翌日からの視察準備も有って欠席させていただいた。準備が終わってからHPを少し更新したが、視察内容を全て整理する時間は確保できなかった。この夜に仕事から帰ってきた練馬区生まれの妻に対し、川越で木更津にはない児童館を視てきたことを話すと、子供の頃から遊びに行っている施設だけど珍しいの、と言われてしまう。多分、対岸から引っ越してきた多くの市民が木更津市に児童館が無いことを疑問に思っているのだろう。
 
 
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2020年1月下旬の記録