39.1月下旬の活動記録
 22日は娘を保育園に送ってから自宅事務所に戻って会派視察の報告をHPに整理し、11時に弁当を購入して駅前庁舎に行き行政部局と諸調整を行う。正午を回り木更津駅東口バス乗り場に集合し、議会運営委員会の視察に向かう。東海道新幹線を名古屋駅で降り中央線の特急列車に乗って多治見駅に16時30分に降り立つ。電車の中で「日本の地方議会」(中公新書)を読み終えることが出来た。この日はホテルに移動して公務完了である。視察が続く中でこの様な日程はとても助かる。
 
 23日は夜明け前に起床してしまい、風呂に入ってから集合時間まで部屋でくつろぐ。8時半にホテルを出て多治見市議会に用意していただいたバスで市役所に向かい9時から行政視察を開始する。
 
1.岐阜県多治見市
 市制施行 昭和15年8月1日
 人口 110,290人(令和2年1月1日現在)
 面積 91.25km2
 令和元年度一般会計予算額 404億99百万円
 財政力指数 0.73 (平成28年度)
 視察項目 市民と議会の対話集会について
 多治見市の議員定数は21人で、議会運営委員会の8人と議長を除く全議員が広報公聴研究会に所属しており、今回の視察には議長と議会運営委員会委員長及び広報公聴研究会の正副会長の4人が説明していただきいた。研究会の正副会長は多治見市で最古参になる6期目でもあり、対応に心から感謝する。
 多治見市議会は平成22年に議会基本条例を策定し、その中で市民との対話集会を行うことを規定し、それ以降は毎年内容を試行錯誤しながら実施するとともに報告書を作成して全戸に配布している。当初は各小学校区で対面型の意見交換を実施していたが参加する市民の顔ぶれが固定し一方的に意見を言う方が出るなどの弊害が生じて運営方法を車座の意見交換会に変更し、近年では各常任委員会が年度始めに研究するテーマを設け、それに関する行政視察を秋頃に行い、11月上旬に対話集会という議会のパブコメを実施して取りまとめ、年度末までに市へ政策提案の要望書を出すという流れの中に対話集会が位置付けられている点には感心させられた。なお委員会任期は単年度制で、連続して同じ委員会に配属する事も妨げては居ない。対話集会のポスターを造り、イベント会場や商業施設でチラシを配るなど、議員が動員に汗を流している。また議会改革を進めるため平成30年度は議会運営委員会を41回も開催し、総審議時間は35時間26分に達している(広報公聴研究会は正式な機関ではないため開催回数及び審議時間は統計に現れない)。
 議会事務局は説明用のパワーポインターを造る程度で他は議員で行っている。平成29年には高校生や中学生を相手に対話集会を行ったが、開催が負担に成ってきたこともあり現在では行われていない。それでも対話集会は新人議員の顔見世興行になるので是非とも実施すべきだと励まされ視察は終了した。
 木更津では来月5日に建設経済常任委員会が商工会議所と意見交換を行うが、一般市民との対話は今後検討するべき課題だと考えながら多治見市内で昼食を摂り、往路を忠実に辿って木更津へ戻る。電車の中で「わが子をAIの奴隷にしないために」(新潮新書)を読み終えた。夕方に娘を保育園に迎えに行って寝かしつけながら一緒に寝てしまった。
 
 24日は娘を送った足で広域水道企業団に行き議会に先立つ事前説明会を受ける。今までは各市に職員が出向いて行っていたものを全議員を対象とした協議会という位置付けにして、将来的には議事録も作成して公開するのが磯貝議長(君津市議会選出)の考え方で、私もそれに賛同する。内容は補正予算や来年度予算、条例改正及び台風被害状況報告等であるが具体的な内容は2月3日の議会後に記載する。
 弁当を購入して帰宅して事務所でHPの更新作業を進め、12時半に自宅を出て君津市に向かい、各市の正副議長と進行や役割分担等を確認した後、午後2時よりかずさ四市議長会議員研修会を開催する。
 千葉県市町村総合事務組合法務専門員である鑓水三千男氏による講演は、全国の事例を交えつつ議会の責任や可能性と条例の問題点等を指摘され、多治見までの列車で読んだ本の内容を思い出しながら勉強になる点が多かった。特に乾杯条例や山間部への水道など地域を知りながらの話しなら感心する。
 研修会終了後にホテル千成へ移動して四市議会議員の交流会を開始する。同じホテルでは木更津法人会の賀詞交歓会が開催され、友人が数多く出席していた。そのため交流会終了後に木更津市内に移動して法人会の数名と二次会をしてから帰宅した。
 
 25日は都内に出かける妻を見送り、娘を10時半に婆へ預けて市民会館に行き11時からKIFA New Year Party 2020へ出席する。
 会場にはエルサルバドル共和国とトーゴ共和国の大使も来賓として出席されており、ブースは韓国・中国・インド・ナイジェリアなど11ヶ国が展開され、呈茶も行われるなど国際性が豊かである。米国オーシャンサイド市との姉妹締結から始まった国際交流も、その形が大きく変わっていることを実感する。
 各国料理に舌鼓を打ち、会場の方々と意見交換をしながら暫く場内の状況を楽しんでいたが、12時半に会場を後にしてイオンモールに移動し23日から26日まで開催している群鴎書人展を見学に行き、千代倉先生や会員及び学生の素晴らしい書を堪能する。
 
 目の保養を終えて帰宅し、娘を連れて図書館に行って絵本を交換し、アカデミアまで行ってかずさ2号公園で遊んでから復旧した送電鉄塔を見学して帰宅し、夜になってHPを更新した。
 
 26日は朝から娘に絵本を読むなど穏やかに過ごし、10時半にスーツに着替えてベイプラザホテルに向かい12時開会の安藤小平氏・千葉県教育功労受賞を祝う会に出席する。受賞は木更津ユネスコ協会の会長としてであるが、今までの青少年健全育成や野球連盟を通じた社会体育の振興、岩根地区住民会議等の地域貢献などの多くの面があり、多彩な顔ぶれの中で式典は開始され、私も来賓挨拶をさせていただいた。
 会場の機器トラブルもあって開会が遅れ、花束贈呈や受賞者からの挨拶を経て乾杯までに時間を要した事もあって「祝う会」で挨拶周りをする時間もなく、私は喉を湿らせただけで会場を後にして岩根にある茂寿司に移動する。
 本来なら13時開催の岩根東西地区区長会新年会に20分ほど遅れて市長・高橋県議・重城市議とともに遅参して出席し、区の運営に関する多くの意見を聞きながら2時間ほど様々に交流を深める。茂寿司から松葉寿司まで徒歩で移動し、16時から江川区各種ボランティア慰労会に出席する。これは民生員や農業委員・消防団や青少年相談員といった多くの組織に出席している地元の人を区の役員が慰労する場であって、私も地方自治に対する活動に感謝した。18時過ぎに終了して帰宅し、HPを更新すると供に翌日からの視察研修日程の準備を済ませた。
 
 27日は娘を保育園に送ってから自宅でピックアップされ熱海市へ向かう。前日の雪で丹沢や箱根も白かったが、熱海市内には雪はなかった。
 市役所の駐車場に車を停めて歩いていくと既に桜祭りが開催され、多くの観光客が歩いている。看板には近隣の飲食店が紹介され、誘客の手法としても参考になる。私も鍋焼きうどんを食べ、リノベーションを進めた銀座通り商店街を見てから市役所に入り、13時半より千葉県南議長会研修会を受講する。
 
1.静岡県熱海市
 市制施行 昭和12年4月10日
 人口 36,559人(令和元年11月20日現在)
 面積 61.78km2(初島を含む)
 令和元年度一般会計予算額 198億43百万円
 財政力指数 0.924 (平成29年度)
 視察項目 リノベーションまちづくりについて
 熱海市は全国的に有名な温泉地で昭和44年に宿泊者数532万人というピークを迎える。その後昭和58年に400万人を切るまで下回るがバブル経済の到来と供に上昇に転じ、新規ホテルやマンション等の建設ラッシュを迎え、固定資産税の増加で財政は充実していた。経済の停滞と団体旅行の減少により宿泊客は減少を続け、平成23年の東日本大震災発生の年には236万人まで減少した。多くのホテルと供に土産物屋も廃業に追い込まれ空き家が増加した。平成26年に銀座商店街を調べたところ空き家率は22.1%に達しており地価も低迷していた。
 熱海市も平成22年から25年まで空き店舗活用補助金を出して13件が開業したが2年以内に3件が廃業し、今でも続けている店は不動産業の1件だけである。平成27年に「都市政策とリノベーション検討会」が立ち上がり、A-bizの展開も含め、地域資源を再発掘して地域ぐるみの創業支援に乗り出した。
 熱海の取組の特色は「ATAMI2030会議」を4年間で18回ほど開催しており、これは熱海の課題を前面に出し、自由に参加した市民が意見を言える場であり、ユーチューブで生放送も行っている。これにより聴講者が当事者意識を持つに至った。次いで創業者とその予備軍に向けて受講料15万円の「99℃」というプログラムを進め、毎週木曜日の夕方に2時間の講義を行う中で伴走型支援と情報発信を行っている。さらに事業を加速する目的で「スタートアップ&ステップアップキャンプ」や「リノベーションスクール@熱海」といった民間主導の公民連携メニューも用意し、補助金に頼らず、街全体で来訪者・生活者の満足度を高めつつ稼げる仕組みづくりを行っていた。街の賑わいは個人旅行者を中心に観光入り込み客の増加に繋がり、平成30年には309万人まで回復している。
 事前に見学した熱海通り商店街には空き店舗も見られなかったが、運営にあたっては所有者と利用者のマッチング等で行政が努力しているものの難しい点も多いようで、高齢化や人口減少に歯止めは掛かって居らず課題も少なくないようだ。なお、熱海での取組については、民間の立場で進めている市来広一郎氏の「熱海の奇跡」という本に具体的に書いてあるようなので、復習しながら読み返そうかなと考えつつ視察を終えた。
 夜は熱海に宿泊し、県南13市の正副議長で情報交換を行い、各地の課題や復興状況などについて語り合った。なお、この日は木更津市で渡辺市長の後援会総会が開催されたのだが、残念ながら欠席である。
 
 28日は雨が残る中、安房・夷隅・長生・山武の市議会議長達と熱海で別れ、かずさ四市の正副議長は静岡県を西に向かう。沼津を過ぎると雨も上がり、袋井市に着く頃には晴れ間も見えてきた。
 市内で昼食を摂ってから市役所浅羽支所に着き、講習までの時間を利用して支所の向かいにある歴史文化館を見て回って、1680年の高潮被害と命山の歴史等の予備知識を得る。手前にある近藤記念館(館の詳細については
こちらを参考)で写真を撮り、13時半から行政視察を開始する。
 
2.静岡県袋井市
 市制施行 平成17年4月1日(旧袋井市は昭和33年11月3日)
 人口 88,521人(令和2年1月1日現在)
 面積 108.33km2
 令和元年度一般会計予算額 339億6千万円
 財政力指数 0.884 (平成29年度)
 視察項目 防災対策(命山整備)について
 袋井市は
2年前に総務常任委員会で視察に行った富士市と同様に県の主催する防災訓練以外にも市が主催する防災訓練を行っており、市内154自治会の防災隊長の総会も含めると年に3回の防災に対する集まりがあり、参加率も高く防災意識の高い都市である。今回の視察目的である命山については6年前に個人的に最初の1箇所を現地視察しているが、その後に3箇所の整備を進め現在は4箇所の整備を完了しており、津波被害の予想される旧浅羽町地区では夜間の避難訓練も行っている。
 夜間の避難訓練には対象人口3千人中の千人ほどが参加され、中には他の避難者のことを考え車椅子を持って参集する者もいるなど驚かされる。それでも災害弱者対策は難しい問題で、特に津波が地震発生から18分で襲来すると予想される中で救いに向かう事で手遅れになる恐れも有り、要検討との事だった。
 命山整備の前に保育園と幼稚園の間に避難タワーを設置しているが、それ以降は命山の整備を進めると供に、避難ビルに指定された建物には外階段を設置する対応も進め、現在では対象人口3千人に対し5千人が避難できる容量を確保している。なお、避難は一時避難と割り切っており
長生村の築山のように防災倉庫等の整備は考えていないという事であった。質疑応答の中で、災害発生時に議員は各地域で活躍してもらうことを前提にしているが、職員と議員がメールによる情報共有を行っており、災害対策本部が何をしているか常に把握する制度を摂っている事が解り今後の議会の対応を検討する参考になった。
 会議室での研修を終え「きぼうの丘」と近くにある文化施設である中新田命山を袋井市のバスで現地視察させていただく。きぼうの丘にはパーゴラが設置させており椅子の中には少しの非常食があった。鍵はかけていないが悪戯されたことはない事はないということであり、民度の高さにも感心する。
 次いで市と県により高さ12mで整備している遠州灘の防潮堤を見に行く。規模の大きさに感心し、富津の議長に富津岬にも必要ですねと話す。その後、最初に建築した津波避難タワーや小学校に設置された外階段等を車窓から見学しながら浅羽支所に戻り、内容の濃い行政視察を終了した。
 夜は袋井の隣の磐田に宿泊し、かずさ四市正副議長で情報交換を行い、来年は共同事業も多い安房三市も含めた視察を検討しようとか語り合った。なお、この日は総務常任委員会が市原市消防局の視察を行っているが、残念ながら欠席である。
 
 29日は朝から爽やかに晴れ渡り、かずさ四市の他の正副議長は島田市での視察が行われるのであるが、私は都内での会議のため7時50分にホテルを出発して静岡県を東に進み、10時50分に都市センターホテルに到着する。受付を済ませて11時半より全国市議会議長会基地協議会正副会長・監事・相談役会議に副会長として出席する。会議の内容は役員改選と午後からの理事会及び総会の確認である。
 13時からは理事会に出席して総会上程の内容確認を行い、14時から長谷川総務副大臣・岩田防衛大臣政務官が来賓として出席する中で全国206市町村を対象とした総会を開催する。来賓挨拶の後、千葉商科大学の宮崎緑教授による「我が国を取り巻く安全保障問題」と題した講演が行わた。
 講演は写真・録画等が禁止なので会場の雰囲気の写真を載せる。休憩を挟んで総務省と防衛省の課長より来年度予算等の説明を受け、昨年度事業活動等の事務連絡の後に今年度決算や来年度活動方針・予算案等が承認され、最後に役員改選が行われる。慣例で西日本地区から会長が選出され、岩国市の藤本議長が新会長に就任し、木更津市は引き続き関東枠の副会長を行うこととなった。なお、11月9日には33市町村が対象となる関東支部会議を木更津市で開催することになる。
 会議終了後に紀尾井カンファレンスで開催される意見交換会に出席し、三沢市の船見前会長に今までの感謝を、岩国市の藤本新会長には祝福を、それぞれ伝えた。5月に舞鶴市で開催される会議について意見交換などを行い、外に出てみると都内は暖かで明るく、3回続いた視察を終えて帰れる事に安堵していた。
 なお、この日は低炭素社会調査特別委員会が委員外議員の参加も許可する中で、睦沢の道の駅とかわさきエコ暮らし未来感の視察を行っており、東京駅前のKITTEでは木更津市が「KISARAZUいろいろフェア2020」を開催しているが、残念ながら双方とも欠席である。
 
 30日は娘を保育園に送ってから自宅で私的な用事を処理し、午後からHPを更新するなど、溜まった様々なことを片づけた。夕方は帰宅が遅くなる妻の代わりに娘を迎えに行って子守をした。
 
 31日も娘を保育園に送ってから議会事務局で来月の打合せをしてから帰宅し、今月中にすべき事を市内で処理して回る。15時に再度駅前庁舎に登庁し、16時から広域市町村圏事務組合議会に上程される議案の事前説明を受け、18時からは区長会連合会情報交換会に出席し、挨拶をすると供に議会との情報交換についてお願いをした。帰宅して諸般の整理を行いながらHPの更新を若干行った。
 
 
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2020年2月上旬の記録