75.1月下旬の活動記録
22日は木更津市で
かずさ四市議長会議員研修会
を開催する予定の日であったが昨年中に中止が決定となっている。そんな中で妻が実家で手続きしなければ成らない用事があったので前日から埼玉に移動した。
妻の用事が終わるのを待ち、昼頃から近くの飯能市にあるトーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園を見に行く。ここはフィンランドの作家との手紙のやり取りを通じてムーミンの世界を再現した都市公園で、近くに有料のテーマパークである「ムーミンバレーパーク」も有るが、こちらは入場無料である。
緊急事態宣言で建物内部には入れないしライトアップも中止になっているが、特徴有る建築物を見学するだけでも楽しい。都市公園でもテーマを掲げて整備する事による可能性を感じさせて貰ったが、次は緊急事態宣言が解除されてからゆっくりと見学したいものだと感じた。
23日は群馬県のみなかみ高原で娘に雪遊びをさせる。雪だるまを作ったりソリ遊びを楽しんだりして来たが、緊急事態宣言のためかゲレンデに人は少なく、全国的にはゲレンデの閉鎖も進んでしまうのではと心配になる。当方も混雑を避けて埼玉に戻って夕食を食べた。
ニュースでは静岡県で確認された英国由来と思われる変異種の感染力が1.7倍で重症化率も高いのではと話している。今後も各地で変異種が出てくる事を想定するとワクチンで拡大防止することと凶暴化するウイルスの競争に成るのだろうと更に心配となる。
24日は雨の日曜日であり木更津市の内港公園で開催予定であった
ナチュラルバル
も緊急事態宣言を受けて開催中止が決まっていたので帰宅を送らせ、妻の実家で夕方まで外出自粛して過ごす。木更津に帰宅してHPの更新と連休中に増加した感染者数の整理などをした。
25日は娘を保育園に送ってから駅前庁舎に行き来客対応を行った後に議会事務局と諸調整を行ってから市内で買い物をして帰宅する。
仕事を始めようとパソコンを起動すると窓の外を海兵隊のオスプレイが沖縄を目掛けて飛び立っていく姿が通り過ぎた。カメラの準備が遅れ後ろ姿を望遠で辛うじて撮影できた。私的な仕事を片づけHPを更新し、後援会報の発送準備を開始した。
前日が日曜日だったためか、この夜には木更津市内での新規感染者の報告は届かなかった。調べてみるとかずさ四市で新規感染者は確認されていなかった。この状況が今週中続いて欲しいと願った。
26日も保育園に送ってから駅前庁舎に行き、決済等の執務処理を行った後に11時から
会派代表者会議
を開き3月で任期を終える選挙管理委員の次期委員選任や予算審査方法等を協議する。次回の会議までの宿題も多く残しながら会議を終え、午後1時から企画課と基地に関する情報を確認し、定例会会期中に委員会で説明を依頼する。午後2時からは
千葉県市議会議長会の研修会
に議長室からZoomで参加する。研修のテーマは「コロナ禍の社会的インパクトを踏まえて、どの様に地域を発展させるか」であり、講師は京都大学大学院の諸富徹教授である。今回は木更津市である事をアピールするため、きさPONが画面にはいるように横に置いたが、画面内にはガウラ君やきみぴょんも見えていた。
本来は千葉市に集結して開催する予定の研修であったが、感染症対策として急遽リモート形式になり、柏市議会事務局の主催で行われる形態になったものである。講師からは人口減少とコロナ禍における自治体の在り方を示唆していただいた。特に自治体がエネルギー事業を行う意義についてが印象に残った。
ドイツ語でシュタットベルケと表す「都市の事業」であり、ドイツでは多くの自治体が電気事業を営んで自治体の収入を増やして福祉事業に宛てるとともに、地域から外部に流れるエネルギー関連歳出を地域で循環することや、分散する再生可能エネルギー活用で災害時にも安定した電力供給を目指すべきという説明で、成功事例として睦沢町の道の駅における天然ガスを利用した町営団地への電気と熱の供給を行うガスコジェネ発電を紹介していた。2018年の台風15号停電の直前に運用を開始して災害を乗り越えた施設は私も視察に行って感心したものである。他にも感染症対策としてリモートが推進することで地方都市への移住が進む中で都市の強みを明確にすることや、立地適正化計画の中に地域の熱電力供給計画を重ね合わせること等が示された。
地域電力の経営都市として、滋賀県湖南市、長野県飯田市、鳥取県米子市等の事例は気になったが、この感染症蔓延状況では行政視察も叶わない。また個人的には東京湾の干潟端部に座礁防止の警告を兼ねた洋上風力発電を検討できないものかと思っているが、それらについても読書で更に知識を深めねばとと考えながら研修は終わった。
帰宅して娘を迎えに行きタブレットを見ると特養で発生したクラスターで新たに17人が確認された事を含め木更津市で19人が追加されたことを知る。世界全体の累計感染者数も1億人を越えパンデミック後の社会が何時始まりどう進むのか先の見え無さに厳しさを感じた。
27日は雨の中で娘を送ってから自宅で雑務を片づけHPを更新した後に後援会報の発送作業を黙々と行う。保育園と買い物には出かけたが自宅に篭もって一日を過ごした。
28日も娘を送ってから自宅で後援会報発送作業を行う。午後から同僚議員のお見舞いに行き、事務所で私的な仕事を片づけ、夜も娘を迎えに行った後に録画していた報道番組等を見ながら作業を進めた。
29日は娘を送ってから事務所で私的な仕事を片づけた後、この日から開始された「きさ食PON」の内容を確認し利用する。緊急事態宣言の延長が想定され使用開始出来るのはまだ先に成ると思うが、先になるほど販売した店舗はその間を運転資金として利用できるのでメリットはある。多くの方々が利用して地域の店舗を支えて貰いたいと願うところである。その後は市内で所用を済ませて後援会発送作業を行った。
夕方に娘を保育園に迎えに行った帰り道で港の角を曲がると大きな満月が正面に見えていた。ウルフムーンと言うようだが既に3年近く使っている私のスマホのカメラでは上手く撮影することは出来なかった。
30日はとても快適に晴れた土曜日で、出席予定であった
千葉県南部郵便局長会総会
も中止になっていたが、外出を控えて自宅で後援会報発送作業を行い、午後から使用期限が迫った
きさライド
の商品券と房総いいねスタンプラリーの景品交換のために妻子と供に近くで昼食と買い物をし、夜も報道番組を見ながら後援会報のラベル貼り等を行った。
31日も素晴らしい天気で山に行きたいような気分であったが自粛し、午前中はラベル貼りをして午後から娘と近所の江川運動公園に遊びに行くと運動施設には立入禁止措置が執られ公園には誰も居なかった。
旧知の管理人に話を聴くと午後2時頃には多くの子どもたちが居たがたまたま帰ったばかりのようだ。太陽の光を浴びることなく免疫力を低下させるような自粛が進まないことを願うばかりである。なおこの日の午後から妹の作業応援を受けたので夕食前に後援会報の発送準備作業が終わった。
今年は公務の多くが無くなったために後援会報発送準備をほぼ一人で作業したが、一週間を費やす結果になった。疲れたが良いデータを採取できたと満足しながら夕食に合わせて打ち上げの缶麦酒を楽しんだ。
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2021年2月上旬の記録