12.4月下旬の活動記録
 21日は前日に入手したポスターを地元の各所に設置して回りながら地域の方と様々な情報を交換する。昼食後に無駄に長い作業をしてから娘を迎えに行き、妻の帰宅後にHPを更新する。新規感染者数は先週から67人も減少しているが47人という高い値が続いていた。
 
 22日は10時から翌週の臨時議会に向けた議会運営委員会が開催されていることは知っていたが特に傍聴することも無いだろうと考え委員に任せ、天気が良いので午前中に仕事を切り上げて市内の調査に出かける。今年度から市立保育園のうち久津間と中郷を民間に移管し、金田西地区に定員70人の民間の認可保育園が開業する事は知っていたが、定員19人の小規模保育所が3箇所も開設され、その1箇所が千束台である事をこの日の定例記者会見で説明する事を知り現場を見に行った。
 千束台にも家が増え、保育所には子どもたちが遊んでいる姿が見られた。怪しまれないように離れて写真を撮影する。なおこれら施設の開設もあり昨年90人で
県下最多、全国でも6番目に待機児童数の多かった我が市は、今年度6人に成るまで改善されることが出来た。それでも待機児童0で無いのは残念だ。
 その後、久々に羽鳥野の状況を見てから食事を摂って帰宅し、午後からの仕事に精を出す。夕方に娘を迎えに行って、事務所で遊ばせながらHPを更新した。
 
 23日は早朝に起床しアカヤシオの群落がある
栗生山[968m]を友人と登りに出かける。この日は夕方6時から地元の会合が予定されていたから5時までに帰宅できる山を選んで計画していた。その後、参議院選挙に向けた自民党木更津支部役員会の案内が届いたが地元の会合を優先して欠席の返事を出して、役員会は会派の同僚に一任した。
 登山の数日前に地元の会合に関してコロナ陽性者が出たので延期にするという案内が届き、役員会にも出席できる状況に変わったが下山後にゆっくりすることを選んだ。すると友人の側もコロナに起因して予定が変わり早く解散することになり、結果として夕方に木更津に帰ってきたが、疲れを癒させてもらった。
 
 24日は朝から雨の中、前日に家を空けたお返しに娘と遊びながら暇を見つけては登山記録の整理などを行う。筋肉痛にも成らず、のんびりと過ごす日曜日も悪くはない。
 
 25日は娘を送ってから事務所で私的な仕事を片づけていると定期機体整備としては8機目になる米海兵隊オスプレイが9:59に木更津基地に飛来したという報告があったが江川の事務所では気付かなかった。昼食後に江川総合運動場における野球場や南北道路の工事を見学に行く。
 野球場には擁壁やネットの支柱が設置され、建築物の基礎工事も始まっていた。長期通行止めで施行されている南北道路は盛り土された地盤に側溝の設置が行われていた。個人的に建設工事が大好きなので他人の現場でも見ていると飽きないのである。その後は駅前庁舎に行き会派室で調べものを行い、夕方に娘を迎えに行く。この日の市内新規感染者数は4週間ぶりに一桁となる9人であった。
 
 26日は朝食後に新聞に目を通してから登庁し10時から臨時議会に出席する。この日の議題は下記の1件だけである。
番号 内容(件名とは異なる) 関係部
議案31 専決処分(市税条例の一部改正)の承認 財務
 議案の上程の前に3月20日告示の市長選挙で無投票当選を果たした渡辺市長から所信表明が行われる。今回の臨時議会はこのためだけに行われた訳で、専決処分の承認は6月定例議会でも遅いということには成らないものである。それでも所信表明の中で8年前には「将来に向けた土台づくり」「木更津力の強化」「賑わいづくり」を3本の柱にしていたものが、4年前には「木更津力のさらなる強化」「支え合いのある地域づくり」「持続可能な社会システム」の3本が柱となり、今期は「次代へつなぐ」というテーマのもと「暮らし、豊かに」「頼れるきさらづ」「未来ある行政モデル」を柱にし、ファミリーシップ制度の導入・レジリアンスな地域づくり・オーガニックツーリズムの構築・ゼロカーボンへの仕組みづくり・デザインコードの作成などを進めていくことが解った。今期も議員の仕事の一つは市民に伝わるように施策を翻訳することにあるなと感じていた。
 議案上程後に本会議が休憩となり総務常任委員会での審査が行われる。今回の議案は地方税法等の改正で土地に掛かる負担調整措置がとられ、住宅用地以外の宅地に関する課税標準額を現行の5%に対して令和4年度は半額の2.5%にしようとするものである。市内では約7400件が対象となり市としては固定資産税と都市計画税の合計で3400万円の減収になると想定され、その分の国庫による補填はされないということであった。対象となる「住宅用地以外の宅地」は住宅街の小規模な店舗でも対象となるが、外観で商業的でない住宅(自宅で個人的な輸入品をネットで販売するような形態等の商売)は調整措置の対象とは成らないようだ。また農家の敷地で農作物を無人販売しているような場合も措置の対象にはしないようだ。そのような判断は財務部職員が行うようだが、非常に曖昧な法律を適用される地方自治体職員は大変だと感じた。
 委員会が終わり本会議が再開され、全会一致で議案が可決され臨時議会は終了した。私は会派室で感染状況の整理をしてから退庁し市内で昼食を摂ってから自宅に戻る。私的な仕事を処理してから
最近思う事を整理していると娘を迎えに行く時間になったのでHPの更新作業は中断して保育園に向かう。娘と図書館に寄ってから帰宅し、子守をしながら一緒に寝てしまった。
 
 27日は雨の中で娘を保育園に送ってから自宅事務所で昨日作業中で中断していたHPの更新を行った後に雑件を片づける。
 午後になり迎えに来た草刈議員の車に乗って幕張まで行き16時から開催される片山さつき千葉県懇談会に出席する。勝浦市の市長や県内各地の市議、推薦団体の役員が集まる中、会場に千葉県選挙区で立候補する臼井正一氏の姿をお見かけしたので名刺交換をする。片山氏の講演は感染症で落ち込んでいる経済を如何に建て直すための施策を講じたかということであり業界の保護より横串を通すことで支えあうという話であった。
 木更津に帰って情報交換を行い、自然と話題は7月の参議院選挙を超えて10月の君津市長選挙の憶測となる。我々の選挙も一年後に迫り、若手の保守系議員が増えないと将来の市政の担い手が心配である。
 
 28日は娘を保育園に送ってから事務所で雑務を処理する。午後から中公新書の「物語ウクライナの歴史」を読む。1996年から駐ウクライナ大使を努めた黒川祐次氏が2002年8月に出版した新書で、1991年の独立まで350年間も自らの国を持たなかったウクライナという民族の過酷な歴史が現在まで延長されていることに改めて驚かされる。夕方になって娘を迎えに行き、帰宅すると新規感染者数が17人という情報が届いており先週の木曜日より30人も減少していた。人口10万人あたり一週間感染者数は98日ぶりに150を下回ってGWを迎えることに成った。
 
 
 29日から大型連休が開始されるが初日は生憎の雨である。妻の従妹が遊びに来ることや保育園の父の会の懇親会も計画されており、朝から娘と折り紙をしたり本を読んだりして過ごす。午後に訪ねてきた妻の従妹と語らい、双方の娘達の遊びに付き合い、夕食に出かける方があを見送ってからバスに乗り社会館保育園の父の会の懇親会に出席する。娘も年長になり本年限りという状況の中、感染症で2年間開催できなかった懇親会が最終年度に開催できたことは嬉しいと思うし、リスクを抱えながらも開催した役員の皆様に敬意を表する所である。また私が何者か知らない人の多い会合に出るのも面白いと感じながら多くの方と話をした。
 
 30日は朝風呂に浸かってから富士山が見える江川海岸に行き妻の従妹の家族と潮干狩りを始める。漁業協同組合は統合されたが基本的な活動は昔の組合単位で行われている。短期的な課題として津間の潮干狩り場と江川の統合だと知りながら、昔ながらの模様のアサリに喜びを感じていた。
 自宅に戻って子どもたちをお風呂に入れてから遅めの昼食を摂り、折り紙などをして遊んでからアクアラインが混む前に都内への帰宅を見送り、雑務を片づけてから地元の常会に出席し消防団や経済状況について情報交換を行う。資材の値上がりが激しく見積もりの有効期間は一月が限界となっていることなども勉強になる。今回は60歳以下の集まりとなり、途絶えていた町内旅行を選挙の前に復活させようかという話しも出るなど、久々の会合は楽しく過ぎた。
 
 
 
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2022年5月上旬の記録