古賀志山 583m 栃木県宇都宮市
2022年04月09日登山:単独
 
 週末の天気が良いことを知ったのでカタクリの花が綺麗だと聞く関東百名山である古賀志山に登ろうと考えた。S井を誘うが3回目のワクチン接種があって行けないと言うので今回は単独行である。
 
 前夜に造り酒屋の友人とたっぷり日本酒を飲んでしまったので起床すると朝6時半になっていた。急いで荷物を積み込んで出発し東北道の大谷PAで朝食を摂り宇都宮森林公園には9:20に到着する。房総では葉桜になっているが宇都宮は満開である。この天気に誘われたのか大きな駐車場が既に満車で数多くのハイカーが歩いている。私も迷惑にならない場所に車を停め9:27に歩き始めた。既に標高は215mも有るので運動不足の身には適当な標高差である。
 古賀志山は百のルートがあると聞くがメジャーな北ルートから入って南ルートに降りるコースを選択する。ダム越しの山を撮影し垂れ桜に立ち寄ってから山に入る。整備された水場を過ぎ途中であったハイカーにカタクリの群落について聞くと、分岐も多く馴れた人でないと行くのは難しいと言われ諦め掛けたところで登山道の脇に幾つか咲いている花を発見した。東稜線の展望岩に立ち寄るが空気の透明度が低く視界は良くない。春の山は暖かで花が綺麗だが遠望が効かないのが残念である。続いて三角点のある山頂は10:44に通過して展望の良い御嶽山を目指す。鳥居はあるが社が無くなっている御岳神社を過ぎ岩場を撒いて御嶽山に着くと予想していた以上に日光連山が不鮮明である。雪を被った男体山や白根山などは見えてはいるのだが背景の青空と同化して感動できるような状況ではない。その代わりにアカヤシオの綺麗な花が御岳山頂にあって満足する。
 分岐に戻り南コースで下山を始める。杉林の中で整備された階段を降り、車道に出て、再び山道に入り黙々と歩いて管理センターに到着した。湖畔ではくつろぐ多くの人の姿が見られ、春の散歩登山も良いものだと思う。車には12:15に戻り着き、2:48の山歩きを終えた。
 
 車で10分の場所に温泉があることは事前に調べてあったので森林公園から直ぐに温泉に移動すると、小さな温泉小屋の廻りには満開の桜が並んである。「さくら温泉」という名前もファンタジーの世界のようで感動する。潤沢に掛け流している天然温泉で汗を流し、S井が気になっているという「栃木ホルモン」を食べにレストラン倉井に回る。既に午後2時を回っているのに順番待ちが続いており人気の程が解る。私も500円のホルモン定食を食べ、最後は前の石裂山の帰りに購入できなかった小山の酒である若駒を造り酒屋を訪ねて購入し佐野藤岡ICより東北道に乗った。天気が良いので混んでいるかと思ったが時間が早かったこともあって渋滞にも遭うこともなく木更津に戻り、コストコで給油してから、自宅には17時に帰り着いた。首都高が4月1日から値上げしたため往復の高速代は9310円もかかっており、燃料高騰が進むのでガソリン代も高い。満足する山旅だったが単独行は財布に優しくないなと帰宅後に感じていた。
栗生山 968m 群馬県桐生市
2022年04月23日登山:S井と2人
 
 ある夜にテレビを見ていると私が学生時代を過ごした桐生の町に美味しいラーメンの店があり朝から営業しているという。栗生山のアカヤシオとともに楽しまねばと考えS井を誘って出かけることにした。
 朝4時半に起床して山の準備をしてS井の家に向かう。6時前にピックアップして朝靄の東北道を館林まで走って桐生の芝浜に着いたのは8:43であったが既に長い列が出来ている。山の行動時間も短いので列に並んで食べるが、確かに並ぶだけの価値があるラーメンだった。学生時代にはうどんやラーメンが有名になるとは思っていなかった街であるが、気が着けばそこを離れて36年が経過していた。
 
 桐生では薄い雲が掛かり赤城山も霞んでいたが大間々を過ぎると乾いた空気の中に入ったのか空は快適に晴れ始め、山里では桜が満開であった。細い急坂を登り標高約620mの栗生神社下の駐車スペースに着いたものの既に満車であった。狭いところに停めようと苦心していると下山してきた方が居て場所を譲ってもらい9:56に歩き出した。神社で杉の巨木に感心し、アキレス腱が痛くなるような杉木立の中の急坂を登り続け岩と広葉樹が目立ち始めると稜線に飛び出て、そこから200m先の山頂には10:45に到着した。
 アカヤシオはピークを過ぎていたが花は多く残り、袈裟丸や赤城の風景も美しい。前回の古賀志山で日光連山が霞んでいたから今回は大満足である。ただこの展望に満足したS井はついでに荒神山展望台に行こうという私の提案を却下した。11:00に下山を開始し、無事の下山に感謝を捧げるために栗生神社に参拝してから石段を降り11:34に駐車場に帰り着いた。1:38の山歩きのために片道5時間近い時間を要しているが移動も楽しいので良しとする。春の気配が素敵なので山里まで移動し、無名の桜の撮影などを楽しんでからわたらせ渓谷鉄道水沼駅にある温泉で汗を流して服を着替えた。。
 
 この日は私に夕方の会合予定があって早く帰宅するつもりだったがコロナ感染者が発生したことで延期になり私はゆっくり出来るようになったので埼玉県の新しい酒蔵物色をするつもりだったが、S井の家庭で日中に予約していた病院が感染者発生でキャンセルになり、そのため息子の進学に伴い渋谷周辺にて家族で買い物をする計画になったということで逆にS井が早く帰らねばならなくなっていたのである。そこで朝のラーメンで空腹感が生じていないこともあり、温泉を出てから車の窓を開け爽やかな風を浴びつつ脇道もせずに帰路に着く。
 大間々を抜けて関東平野に出ると一気に気温が高くなりエアコンが必要となる。東池袋で首都高を降りてS井をサンシャインの前に降ろし、私は時間があったのでアクアラインに乗る前に川崎で気になっていたニュータンタンメンを食べようと考え、首都高料金も高くなっているので都内を一般道で横切る。ナビの指示に従い神宮外苑や六本木を抜け、たまには変わり行く風景を見るために都内を走るのも良いなと思いながら4時過ぎに川崎に着く。かなり遅めの昼食を摂ってからアクアラインを渡り、コストコで給油してから、自宅には17時半に帰り着いた。
袈裟丸の展望
赤城山の展望
日留賀岳 1,849m 栃木県那須塩原市
2022年05月04日登山:単独
 
 春に古賀志山に登って栃木県内の関東百名山はこの山だけとなった。駐車場からの標高差は1169mも有る上に水平距離も長くハードワークが予想されるが、大型連休に予定が無く天気も良いという状況となり、翌日筋肉痛で休んでも問題ない環境の中で登らないという選択肢はないと考え、前日の内に準備を行い早めに床へ入った。
 朝2時半に起床して午前3時前に自宅を出る。中塩原のコンビニで山用食を購入して登山口の小山家に着くと気温は3℃であった。天気予報では気温が上がると聞いていたが歩き始めは寒そうだ。農作業に出かける小山さんに挨拶をして車を停めさせてもらい、登山届けに記帳すると私が今日の4人目のようだ。6:02に石楠花の咲く庭先から階段を上がって鳥居を抜けて登山を開始した。
 
 急登して鉄塔を6:32に超え桜の花を見ながら林道終点には7:01に到着した。比津羅山をトラバースして平場に出たら沢の斜面から折り返して尾根を登ると認識していたが、沢でテープの着いている木から折り返す道が判別できない。先に足跡が付いていたのでもう少し沢を行くのだろうと進むが、足跡を良く見ると熊だった。獣道を登っていると気がついたが沢の上の方まで開けて見えるので尾根の登山道に戻るべく上を目指す。しだいに斜面が急になり笹の密度が深くなってきたので一刻も早く登山道に復帰しようと藪を漕ぎながら尾根に向かってトラバースを続け8:29に登山道に戻れた。時間と体力をロスしており、これから山頂まで450m近い高低差と雪渓が残っている状況を考えると踏破の自信が揺らぎ撤退も頭を過ぎったが先へ進むことにした。
 1514mピーク近くから道に雪が残るようになり目印の鳥居を9:02に通過する。一旦下がった鞍部で後から来た若者に抜かれたのを機に大休止を入れてコンビニのおにぎりを食べていると下の方から熊が上がってくるのが見えた。カメラを構えた気配に驚いて逃げたが、単独行は色々とリスクが多い。1800mの手前で最初の下山者に雪の状況を聞くと急坂を登り終えたら雪上歩きになるからアイゼンを付けた方がよいと言われアドバイスに従っていると2人目の下山者と擦れ違う。10:25から雪の上に出たが今まで樹木で展望がなかったのが嘘のように視界が開け別世界のようだ。山頂直前でアイゼンを脱ぎ展望の開けた山頂には10:53に到着した。撤退しなくて良かったと心から思った。
 日光連山は古賀志山同様に霞んでいたが会津駒ヶ岳や燧岳,も真白く見え開放感は抜群である。那須方面を見ると少し先の鞍部に道路があり、そこからなら30分で来られそうだと思って調べてみると昭和37年に塩原と那須を結ぶ塩那スカイラインという有料道路として計画され昭和46年に工事用道路は開通させたのだが二車線の道路を造る工事費を上回る料金収入が充てに出来ないことから廃棄されて自然に戻るのを待つ道路で、歩行者も含めて完全通行止めのようだ。開通していたらこの山や男鹿岳も簡単な山になったが到達感は薄れただろう。
 防寒にレインウエアを羽織り、この日2個目のおにぎりを食べている内に続けて2組合計5人の登山者が山頂に到着して賑やかになる。この日に山頂を踏んだのは10人だが登山口の名簿ではいつもは僅かな人が訪れる静かな山のようだ。
 私も名残惜しいが後の人に場所を譲り11:18に下山を開始する。アイゼンを効かせて雪渓を降り、アイゼンをしまって膝が笑い始めた足で速度を上げることもできないまま鳥居を12:28に通過する。尾根にはハッキリした登山道が続いているので、何故往路で道を間違えたのかと原因を探したが、私が最後に見たテープの着いた木も通らず沢にも近づかない。原因が解らないまま平場に着き林道終点を13:39に通過し、気温が上がる中で林道を早足で通り過ぎて鉄塔を14:01に超え、急坂を降りると小山家のお婆さんが庭に出ていた。「山頂には雪があったでしょう」というので「最後の100mに有りました」と答えて駐車場へ14:26に帰り着いた。登り4:51下り3:08、山頂の休憩を含み8:24という杁差岳以来となる長い行動時間の山で満足感と疲労感に満たされていた。
 
 彩花の湯で汗を流して服を着替え道の駅で土産を買って高速に乗るが既に渋滞は発生していた。耐えきれず栃木インターで高速を降り埼玉県内で飲んだことのない酒を手に入れ、岩槻でラーメンを食べて浦和で高速に戻りアクアラインを夜9時過ぎに降りると金田インター周辺の道路は渋滞中だった。逆方向に見ながら帰宅し、アイゼンを洗い荷物を片付けてから夜10時半に眠りについた。長い一日であった。
間違えた登り道
正しい下り道
七ヶ岳 1,636m 福島県南会津町
2022年07月31日登山:F島と2人
 
 連休後に登山の構想を立てていると私の車が追突され、S井はジョギング中に交通事故に合うなどトラブルが相次ぎ、少し落ち着くと猛暑が来たり感染症の第7波が襲来するなど山に行ける状況でなく気がつくと7月も後半になっていた。F島に月末の週末で会津の山へ行こうと誘い、前泊して持ち込んだ酒で一杯やろうという計画になった。
 保育園にお泊まりしていた娘を昼前に迎えに行き15時に妻の帰宅に併せて出発する。既にアクアラインは渋滞しておりF島の住む太田では夕立があったようで道路が冠水して渋滞している。何とか18時過ぎにF島を拾って20時半に鬼怒川温泉に到着した。宿泊する仁王尊プラザから駅前まで歩くが街中に人気は少ない。居酒屋を見つけて花火を聞きながら酒を飲み、部屋に帰ってからはそれぞれが購入して持ち込んだ太田市の「雷雲」と鴨川市の「秀楽」という入手困難であるが次に飲むことの無さそうな酒を味わい日付が変わってから就寝した。
 
 翌朝6時に起床して宿自慢の露天風呂を楽しみ7時に出発する。湯西川温泉を過ぎてもコンビはあると思ったのが間違えで鬼怒川以降に店が無く朝食も食べられずに焦っているとたかつえスキー場の少し手前に地元の方が早朝から開いている店が現れほっとする。スキー場の駐車場には前夜の「会津高原たていわ夏祭り」を楽しんだらしいキャンピングカーが密集して停まっていた。駐車場で着替えトイレを使いペットボトルに水を入れ9:06よりゲレンデの中を登り始める。
 駐車場の標高は950mも有るので気温は25℃と涼しいなと思っていたが木陰のない環境は太陽に容赦なく体力を削られ、前夜の酒も残り早くも水が不足するのではと心配になる。標高1500mで登山道に入るところで1本目のペットボトルを飲み干す。飲んだ分だけ汗が吹き出て居るように感じられた。夏山の厳しさを久々に味わいながら稜線に出ると日光方面の展望も開ける。前峰を超え鞍部から登り返して11:45に展望の開けた山頂へ到着した。夏なので透明度は低く磐梯山や飯豊山は確認できなかったが那須や前に登った日留賀岳等は良く見えた。暑さに参っていて食欲がなかったのと貴重な水を消費しないためパンやおにぎりには手を出さず魚肉ソーセージだけを食べながら従走路や周辺の山並みを眺めつつ休憩した。
 後続の登山者が到着したことと下山して冷たい水をたっぷり飲みたかったので12:08に山頂を後にする。流れる雲が黒くなってきたので夕立も来そうだなと思いつつ標高を放出して行くが足に力が無く砂利道に滑り苦労する。脱水感を覚えゲレンデ内の水路を流れている水を空のボトルに入れ600ccを一気飲みしてしまった。麦酒ならもっと美味しいだろうと思うが運転があるので帰宅後の楽しみにしておく。13:39に駐車場へ帰るとあれほど居たキャンピングカーは全て居なくなっていた。水場でまたペットボトル1本の水を飲み、車の中のクーラーボックスに冷たい水が入っていたものも続けて飲み干した。そんなに乾いていたのかと自分でも驚くほどだった。
 
 駐車場近くの「白樺の湯」で汗を流して水シャワーを浴びて身体を冷却させてから乾いた服に着替え、自販機のコーラを飲みながら帰路につく。山王峠で県境を超えてから蕎麦街道の蕎麦屋に立ち寄って15時過ぎに遅い昼食を食べながら交通情報を見ると東北道は矢板から那須まで渋滞表示に成っていた。今市から日光道路に乗るつもりで南下すると激しい夕立に襲われる。鬼怒川を超えると雨も止み、渋滞のない高速道路を太田桐生ICまで走り、F島とは17時半過ぎに解散した。
 東北道が館林周辺で渋滞しているという情報を入手したのでコ国道で南下して埼玉県内で飲んだことのない酒を手に入れようと久喜周辺を探し歩くが「寒梅」を置いてある店が無く、諦めて久喜ICから高速道路に乗って自宅には21時になる前に帰り着いた。夜のニュースを見ると群馬県では危険なほどの大雨が降っているようだ。驚きながら缶ビールを飲むが、既に身体の渇きは下山途中で飲んだ水を含めて合計4リットル以上も水分を取っているので満たされてしまったようで、下山途中に欲したほど美味しくは感じられなかった。
No92 .2022/4-2022/7    ←No91No93→
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