83.4月中旬の活動記録
 11日は先月23日に開所された内房総アートフェスの市内作品について、31日の市街地エリアに続きKURKKU FIELDSへ鑑賞に出かけた。

▲68 <明日咲く花>
 
▲62 <命の地層>

▲73 <PixCell-Crow>

▲63 <新たなる空間への道標>

▲67 <デレリッタ>
 
▲68 <Level 7 feat.明日の神話>

▲69 <ベシーヌの人>

▲70 <Mirror>

▲64 <時は過ぎゆけるか>

▲61 <ツチオとツチコ>

▲65 <無限の鏡の間>

▲72 <Mirror my orgasmic journey>
 幾つかの作品は数年前から設置されているものであり、また幾つかは開所式の際に見学していたものである。ともあれこのエリアの全作品を見学順に列挙したかったのであるが72番の作品は完成が遅れており来週の木曜日からの展示となるようだ。もう一度足を運ぶべきか悩むところであるが新たに設置された作品の多くは内房総アートフェスの期間が終わってもレガシーとして残り別の機会で来たときに見られるだろうから慌てない。見学を終えてパンを購入して屋外のテーブルで食べ、次に君津エリアで前回見ていない2つの作品も鑑賞するために足を伸ばした。

▲68 <明日咲く花>
 
▲62 <命の地層>
 無人となった社宅、使われていない保育園での作品は私の理解できない範囲まで芸術が広がっていることを確認させるに充分であった。今回の鑑賞はここまでとして帰宅すると印刷会社から注文の品の納品が有って受け取り、それを使用する先に届け、郵便を受け取って必要な処置をして、夕食と入浴の前後にHPの更新を済ませた。
 
 12日は10時から広報委員会があるのでその前に会派室で会派会議を開催し行政視察日程などを調整する。退庁して朝日庁舎に立ち寄ってから税理士事務所に行き、次いで千葉信金の袖ケ浦支店に発見された私の休眠口座を廃止するため袖ケ浦に向かいながら多少回り道をして袖ケ浦公園に車を止めて内房総アートフェスの作品を見学する。

▲86 <カクラ・クルクル・イン・チバ>
 
▲86 <カクラ・クルクル・イン・チバ>
 先日の強風のためか多くのからくりが動かなくなっているが未舗装の農道の両脇に配置された民芸品のような芸術も良いものだと感じた。昼食を取り銀行で手続きを済ませ、コストコで給油と買い物を済ませ夜は青年会議所時代の友人と飲みながら地震災害があった台湾の花蓮青年商会との今後などを話し合った。
 
 13日は娘を土曜学校に連れていき、千葉銀行ATMで振込を行い、その足で富津市の市議会議員選挙に再挑戦する元職の高木一彦候補の事務所に行き遊説車の設営などの準備を手伝う。既に永原議員が作業を始めており、他にも習志野市議会の元議長である災害ボランティア議連の清水会長も作業をしているところであった。昼前に帰宅して自宅で雑件を片づけ夕方に娘を迎えに行って、事務所でHPの更新を行った。
 
 14日は富津市議会議員選挙の告示の日である。朝9時半に出陣式を行う高木事務所に行くと災害ボランティア議連千葉支部から入江県議・稲葉印西市議・徳永佐倉市議・石井館山市議も駆けつけており、永原銀を含めて外野の顔ぶれは力強いがそれだけで選挙は勝てない。そこでウグイス嬢を自発的に行うものや名簿の管理を司るものなど質的な応援も素晴らしい。人間関係が最も濃く近所である私は、高木陣営だけでなく多くの友人達の再選を支援せねば成らず動きが取れない状況である。高木事務所の主で遊説車の出発を見送り、青年会議所の後輩である猪瀬浩議員と先輩である平野明彦議員の事務所へ挨拶に回る。平野議員からは新人が選挙に望む期間が短すぎると聞くが、近年の木更津や君津の選挙でも同様の傾向がある。充分な判断期間がなく現状に満足していない有権者は棄権に向かい投票率が落ちているのだろうとも思う。
 
 ともあれ定数16人に対し18人が立候補する状況の中で人口減少が甚だしい富津市を力強く変えてくれる新しい議会が出来ることを様々な広域行政をともに担う木更津市の議員としては願うばかりである。
 
 15日は月曜日で荷物が多い娘を学校まで送ることを誕生日プレゼントだと車内で言うと「心のこもったものが欲しい」と言うので午前中に雑務を済ませてから昼食後にプレゼントを買いに行く。気温が充分高くなってきたと感じたので避寒していたプルメリアを市川園芸のハウスに受取に行き庭に植える。冬の間に葉が全て落ちてる枝だけとなった鉢植えが日射しを受けて今後どの様に育っていくのか見守りたいと思う。
 妻が在宅勤務なので娘は学童に行かずに歩いて帰宅しており、私も庭仕事を終えてから日没後に娘の8歳の誕生日祝いを自宅で行う。妻の手作りケーキを食べ両親や祖母からのプレゼントを明けて、トランプ遊びをするなど、質素であるが楽しい時を過ごした。
 
 16日は自宅で仕事を進め、市内で各種手続きを行い、帰宅すると昨日更新したはずのHPがアップされていないことに気が着き作業する。の夕方に娘を学童に迎えに行き、帰宅が遅くなる妻が帰ってくるまで妹の家に風呂を借りに行き子守をしていた。
 
 17日は自宅で後援会報を作成してから農協に行き共済年金の手続きを行う。基礎年金の支給は65歳以降になるが農協の年金は受け取りが開始される事になり還暦を過ぎたことを再確認させられる。
 農協の帰りに中里で例年恒例のクレーンを使った鯉のぼりが揚げられている風景を見る。実施していただいている一二三開発重機蒲lには感謝したい。夕方には富津まで足を伸ばして高木候補の街頭演説を聞く。残り数日の検討を祈りたい。入道雲のような空を見ながら帰宅し妹の家に風呂を借りに行った。
 
 18日は壊れていた灯油ボイラーをガス給湯器に交換する工事が入るので午前中は立ち会いながら父の四九日法要に参列していただく親族の出欠確認等を行う。昼過ぎに工事が終わり風呂を借りる日々も終わる。
 壊れたボイラーがある機械室は給湯器への電源を送るためだけに存在が続き、中ホールへの電源供給のために取り壊せない市民会館大ホールと同じ状況になっていると感じる。午後から事務所に籠もって私的な仕事を片づけていると訃報が入り驚かされた。
 
 19日は午前中に溜まっている雑務を片づけてからHPを更新する。ラジオからはパレスチナの国連加盟をアメリカ合衆国が拒否権を発動して阻止したことや、イランとイスラエルが相互に攻撃していることなどを伝え、ロシアのウクライナ侵攻以降の世界各地の紛争が続いて嫌になる。
 午後からは駅前庁舎に行って8月に実施する会派行政視察に関する調査をしてから各所で所用を済ませながら富津市に向かい選挙戦の状況を見るつもりだったが都内に通勤する妻から電話があり、間違えて金田に停まらないバスに乗ってしまったと言うので夕焼けの富津市岩瀬から君津市笹まで車を走らせ妻を連れて自宅に戻ると20時を回っていた。
 
 20日は土曜日で富津市では選挙戦の最終日であるが午前中は金田の駐車場に妻の車を取りに行きながらコストコで給油を行い、翌週末の四十九日法要をお寺で打合せて帰宅し、午後からは娘の通う岩根小学校で授業参観と懇談会に出席し、体育館で開催されたPTA総会にも出席する。昨年の総会は選挙期間中だったので出席せず今回が初出席であるが執行部には知人が多い。総会では黙っていようかと思っていたが明らかな予算のミスを発見してしまい指摘してしまった。
 総会も16時過ぎに終了となったのでネクタイを締めて準備を整えて富津市に行き、高木候補の選挙応援演説を3箇所の街頭で実施した。現職の知人達の再選も期待するところであるが、災害ボランティア議員連盟千葉支部の議員が多数応援に駆けつける中で議連として、またJCの先輩としての友情である。
 この日も私以外に白井市・鎌ヶ谷市・館山市からも応援が入り、選挙の出遅れは否めないが充分な選挙戦が行えたように感じる。20時を過ぎて看板や拡声器を車両から降ろすのを手伝って帰宅し麦酒を飲んだ。
 
 
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2024年4月下旬の記録