No.19 北陸編(1/2)2/2日本を走る←No18三芳編No20丹沢編→
旅行期間 1980年7月21日〜1980年8月2日 旅行日数:13日間
総走行距離 2,175km
走破市町村 199
同行者 無し 使用自転車:LT
総費用 11,860円(1日あたり912.3円!) 当時の年齢:16歳(高校2年)
初日 1980年7月21日
走行区間 自宅〜山梨県忍野村水車小屋
走行距離 177km
走破市町村 9(大井,松田,開成,南足柄,山北,小山,御殿場,山中湖,忍野)
累計数 228
 高校2年の夏休みに中部地方を一周し日本海を見る大きな旅を実行した。旅に出るためにバイトで休日を潰して金を貯めるより、日々を倹約して少しでも長く旅をしたいという気持ちがあり、この旅は徹底して質素にまとめている。なお、2006年現在から比較すると26年の時間差があるとは言え、よくこの僅かな費用で成し遂げたと感心する旅になった。参考に毎日の使用金額を文末に加えることにする。

 終業式の翌日、朝1番のフェリーに間に合うように出発。国府津まではいつもの湘南を走り、そこから箱根を巻くように東名高速に沿って進む。最乗寺を詣でて静岡県に入り初日から最初のパンク(写真)。修理を終えて、籠坂峠を越えれば山梨県に入る。この日は忍野村の観光用水車小屋で寝た。7月なのに寒い夜だった記憶がある。
 (この日の使用金額:フェリー代570円を含んで970円)
2日目 1980年7月22日
走行区間 山梨県忍野村水車小屋〜静岡県相良町オートパーラー
走行距離 178km
走破市町村 18(富士吉田,河口湖,勝山,足和田,上九一色,鳴沢,富士宮,富士川,富士,蒲原,由比,清水,静岡,焼津,大井川,吉田,榛原,相良)
累計数 246
 水車小屋(写真)を出てまずは忍野八海巡りをし、その後快晴の空の下、河口湖、西湖、鳴沢氷穴、精進湖、本栖湖、田貫湖、白糸の滝、浅間神社と半時計回りに富士裾野の観光を進め、海岸に出る。
 清水で1号線を離れ日本三景の三保の松原、久能山東照宮、この頃の教科書で有名だった登呂遺跡を見て回り150号線で御前崎を目指すが大崩海岸を過ぎると日没を迎えてしまう。天気も静岡を過ぎる頃から雲が厚くなり始める。
 雨を避けて野宿するのにめぼしい場所を発見できず24時間営業の自動販売機コーナーのベンチで一夜を過ごす。
 (この日の使用金額:1,000円)
3日目 1980年7月23日
走行区間 静岡県相良町オートパーラー〜愛知県豊田市ガソリンスタンド
走行距離 164km
走破市町村 19(御前崎,浜岡,大東,大須賀,浅羽,福田,磐田,竜洋,浜松,可美,舞阪,新居,湖西,豊橋,小坂井,豊川,音羽,岡崎,豊田)
累計数 265
 朝6時頃目覚めるが強雨で出発を遅らせる。御前崎灯台を見学し、浜岡砂丘に遊び、浜松城や弁天島を見学した以外は、ひたすら遠州灘に沿って西に進む事に労力を費やす。湖西を過ぎれば愛知県。ここより1号線で進むが大都市名古屋を回避すべく岡崎から豊田方面に進み、日も暮れそうなので休日のスタンドの軒先で泊まる。
 (この日の使用金額:1,010円)
4日目 1980年7月24日
走行区間 愛知県豊田市ガソリンスタンド〜岐阜県養老町近鉄線養老駅
走行距離 110km
走破市町村 13(瀬戸,名古屋,春日井,小牧,犬山,各務原,岐南,岐阜,穂積,墨俣,安八,大垣,養老)
累計数 278
 連日の雨の朝を迎え出発できず。出勤してきたスタンドの兄さんが洗濯機を使いなと言うので、朝8時まで汚れ物を洗う。気分が乗らず疲れもたまるがポンチョを羽織り、取りあえず小牧を経て犬山に至り国宝犬山城の見学に名を借りて再度長い雨宿りをする。雨宿りついでに明治村でも見ようかと思ったが入場料が1,000円もするので諦める。雨が弱まったところで岐阜城を目指すが金華山は深い霧の中。ドライブウェイを登り城まで近付くが殆ど見えない状況だ。
 麓に降りると通常の曇になり走りやすくなる。墨俣の一夜城跡を見て大垣から南下し、高田で銭湯(140円)に入り、近鉄の養老駅で洗濯物を乾かしながらベンチで泊まる(写真は翌朝撮影)。この日の走行距離は110kmに留まったが、駅寝に目覚めた記念すべき日であった。
 (この日の使用金額:945円)
5日目 1980年7月25日
走行区間 岐阜県養老町近鉄線養老駅〜福井県坂井町農協前
走行距離 187km
走破市町村 20(上石津,関ヶ原,山東,近江,米原,長浜,びわ,虎姫,湖北,高月,木之本,西浅井,敦賀,河野,武生,鯖江,福井,丸岡,春江,坂井)
累計数 298
 昨日までの天気を取り返すように爽やかな朝を迎える。まずは養老の滝を見物し、関ヶ原で戦国の昔に思いを巡らせ、長浜城跡で琵琶湖と対面する。賤ヶ岳の古戦場の近くから8号線の峠を越え福井県に入り、敦賀の市街を過ぎれば憧れの日本海へ出る!生まれて初めて見る日本海であった。
 後は8号線を丸岡まで進み、東尋坊に向かうが日没のため農協倉庫の軒先で寝袋にくるまり一夜を明かす。
 (この日の使用金額:1,050円)
6日目 1980年7月26日
走行区間 福井県坂井町農協前〜石川県門前町藤ノ花バス停
走行距離 186km
走破市町村 21(三国,芦原,金津,加賀,小松,寺井,辰口,川北,松任,野々市,金沢,津幡,宇ノ気,七塚,高松,押水,志雄,羽咋,志賀,富来,門前)
累計数 319
 朝1番に東尋坊観光。その後石川県に北上し、北潟湖や吉崎寺などを見て先を急ぐ。温泉の楽しさをこの頃知っていたなら加賀温泉郷の共同浴場に寄っていたろうが、走行時間の確保を優先していた時代であった。その代わり金沢兼六園観光をたっぷりと行う。宇ノ気、羽咋等を経て能登金剛の海岸で夕刻を迎える。残念ながら曇天で夕焼けは見えず。寝所は最終バスも終わったバスの待合所で寝袋を延ばす。
 (この日の使用金額:990円)
7日目 1980年7月27日
走行区間 石川県門前町藤ノ花バス停〜石川県田鶴浜町オートパーラー
走行距離 162km
走破市町村 7(輪島,珠洲,内浦,能都,穴水,中島,田鶴浜)
累計数 326 使用金額 814円
 この日は1日能登半島を走っている。おまけに時々雨。こんな日を使って如何に小額で済ませているか内訳を記載しよう。朝は輪島朝市で大福餅(50円)、千枚田の近くで玉子うどん(300円)、雨天のため岬のショートカットを決断した曽々木海岸でパンを2個(120円)、見附島や恋人海岸は入場無料で楽しめる。九十九湾の小木でパンとジュース(334円)、宿泊場所に選んだ自販機コーナーから家に公衆電話(10円)で合計814円。これだけの粗食でよく162kmも走ったものだ。(北陸編の後半に続く