No.65 佐渡編      日本を走る ←No64石鎚編No66御岳編→
旅行期間 1989年6月2日〜1989年6月5日 旅行日数:4日間
総走行距離 408km
走破市町村 24
同行者 S井・W辺使用自転車:WR
総費用 41,464円当時の年齢:25歳
初日 1989年6月2日
走行区間 上田市公団上田寮〜赤泊村民宿永楽荘
走行距離 246km
走破市町村 15(板倉,清里,三和,牧,浦川原,安塚,大島,松代,松之山,高柳,小国,越路,三島,与板,赤泊)
累計数 2,215
 佐渡島という大きな島を長いこと訪ねていなかったので頸城の町村走破と会わせ計画を立て始めた。佐渡島にはS井やW辺も行きたいと言うので6月3日正午に根本寺集合の約束をして出発である。初日は孤独で長い戦いが待っている。
 学生時代以来となる午前1時出発のナイトランで18号線を北上する。妙高の夜明けを期待していたが朝靄で見えず。荒井まで下れば空白地帯の走行開始である。如何に効率よく走ればよいかは地図に記入済で、それを忠実に辿る。
 板倉町と清里村を越えたら工場見学を考えていた岩の原ワイナリーに到着。しかしまだ朝が早すぎ営業開始前で諦める。頸城郡の中でも朔日峠の北にある吉川町だけ諦め、それ以外を丹念に走り、最奥の松之山町に到着した時点でまだ午前9時である。出発が早すぎたな、と思いながら高柳を超え工事中のダートを長いこと走り越路に降りれば気温がぐんぐん上昇してくる。それにつれ体力はどんどん低下してくる。信濃川放水路沿いに何とか寺泊に着く。午後3時である。電話帳で赤泊の民宿を探し予約を行う。フェリーまで2時間近くあるので水族館で時間をつぶし、船の中では熟睡する。民宿についても気力体力とも復活せず早めに就寝する。
2日目 1989年6月3日
走行区間 赤泊村民宿永楽荘〜相川町尖閣荘YH
走行距離 85km
走破市町村 8(羽茂,小木,真野,畑野,新穂,金井,佐和田,相川)
累計数 2,223
 天気も良く無風であるが昨日の長距離走の疲れで気力が高まらない。いずれにしろ集合地点までの距離は短いのでのんびり走る。宿根木の磨崖仏や板壁の町並みなどをゆっくり散策し、真野の妙宣寺を参拝し、トキ博物館に着いたところで大きなザックの人に会う。聞けば今回は佐渡を歩いて1周していると言うことで、夢は日本の海岸を全て歩き通すことだという。凄い人もいる物である。
 トキ資料館を出て根本寺に15分前に着く。何時も20分前には来ているS井が集合時間になっても着かない。何かアクシデントでもと心配になる。結局40分遅れてレンタカーのS井と自転車のW辺が到着する。遅れの原因はW辺だと理解する。
 せっかく島に渡っているのだから魚が食べたい、と思い佐和田の裏通りに有る寿司屋に入るとこれが安くて美味い。予約してあるYHまではもう少しである。相川まで走り、道端に自転車を停めてS井の車で佐渡金山見学に出かけ資料館の出来の良さに感心する。
 5時前にYHに着き、海岸線の散歩をする。引き込まれそうな水の透明度に恐怖すら覚える。宿に帰れば同宿の男衆で夕日を見ながら乾杯である。
3日目 1989年6月4日
走行区間 相川町尖閣荘YH〜両津市両津港
走行距離 77km
走破市町村 1(両津)
累計数 2,224
4日目 1989年6月5日
移動区間 新潟市ベンクーガーホテル〜上田市公団上田寮
輪行区間 両津港→JR新潟駅→JR上田駅(自転車は宅急便)
 昨日にまして澄んだ良い天気。W辺と海岸沿いの道を北上する。風もなく海は穏やかに透き通っている。ゆっくり朝のティタイムを取ってきたS井の車もじきに追いつく頃に風景も感動のボルテージを上げる。
 海府大橋からの展望に驚くが、それよりカンゾウ(百合)の花が咲き乱れる大野亀に深く感動する。もちろん3人で山頂まで登り、見下ろす海の透明度は操業中の漁船が宙に浮いているかのように船底やその海底に落とす陰まで見えている。佐渡は予想の数十倍も良いところだなと皆で嬉しくなる。
 後ろ髪を引かれるように両津まで走り、S井は車を返す。私は前回の石鎚編で比較的安価だと気づいたので、自転車を両津港の宅急便取扱所から送る。しかし窓口のおばちゃんが「いくら貰って良いか解らないから着払いにして」と言うので、若干嫌な予感もしながら着払処理にする。
 フェリーで新潟に戻り、ここまでS井を乗せてきたW辺のカリブで街中に向かう。私とS井は翌日の休みを取ってるがW辺は明日は休めなかったという。しかし私が話した「のどぐろ」の美味さに離れられず打ち上げだけ参加すると言う。
 ビジネスホテルを予約し、そこの駐車場に車を止め、のどぐろを置いてある居酒屋を探す。何件目かに発見し越後の酒と伴に注文する。値段は高いが油の乗り方が尋常でない。S井も大感動している。運転して帰るW辺は酒が飲めず辛そうである。しかし辛いのは酒が飲めないからでなく財布の中身が少ないからだと解るまで時間は掛からなかった。帰りのガソリン代が・・という彼に1万円を貸してやり解散し、S井と宿に帰る。翌朝、加島屋で土産を買った後、新幹線で帰るS井を見送り飯山線経由の各駅でのんびり帰った。
 なお、宅急便で届いた自転車で5千円以上の請求が来て、津からでも1,240円で来るのに納得できないから受け取れないと拒否。翌日に営業所から電話が掛かり交渉の結果、2,881円で手を打った。同僚から宅急便を値切る男と呆れられてしまった。それ以来宅急便の使用は止めた。(次は御岳編