No.71 下越編      日本を走る ←No70鳥海編No72安達編→
旅行期間 1991年5月3日〜1991年5月6日 旅行日数:4日間
総走行距離 161km
走破市町村 6
同行者 F島・A野・O田 使用自転車:WR
総費用 22,216円 当時の年齢:27歳






初日 1991年5月3日
移動区間 自宅〜雄勝町民宿まかりや
2日目 1991年5月4日
移動区間 雄勝町民宿まかりや〜前橋市O田家
3日目 1992年5月5日
移動区間 前橋市O田家〜巻町金仙寺YH
走行区間 奈良俣ダム周辺
走行距離 5km
走破市町村 0
累計数 2,263
 昨年のGWには何処にも出かけなかった。この年は連休前に統一地方選挙があり、父が2回目の挑戦にして市議会に当選する。そんな選挙の後始末と滞った仕事の片づけなどをして、連休に出かけることを決めたのは5月2日の事であった。日程が決まらなかったから計画も無いし仲間も決まっていない。F島に電話すると子供の日にO田夫婦達と奈良俣ダムに行くという計画があるがそれ以外は空いているという。その日を中心に前の2日間は色々相談したいことも有るので当時宇都宮に住んでいたA野を誘って東北の思いつきドライブに出かける。

 3日は深夜に宇都宮を出て北上し、朝の上山温泉に浸かって蔵王登山を雪で諦め南三陸の民宿移動してに泊まる。4日は朝から気仙沼の塩辛の美味を味わいニッカウヰスキー仙台工場見学で試飲等を行って、F島に運転させて帰路に付く。会津で酒を購入して翌日には予定があるA野を宇都宮に降ろしO田の家に着く。近所に住むO森夫婦も交えて飲み会をする。ちなみに両夫婦とも同級生と結婚しており私も昔から良く知っている夫婦だ。で、その日はO田家にF島と泊まる。

 5日は利根川源流の奈良俣ダムまで移動して至仏山や武尊の山並みの美しい展望を眺めながらBBQをやる。ビールを飲んだり、周辺の道を自転車で散策したりしてから湯ノ小屋温泉に入浴して皆とは解散となる。
 この近くで未走破が多く残る自治体として新潟県を選び、YHハンドブックから巻町の金仙寺を探し予約して関越道で向かうという思いつきの企画である。明日走るコースもYHで検討した物であった。
4日目 1991年5月6日
移動区間 巻町金仙寺YH〜自宅
走行区間 巻町金仙寺YH起点日帰り
走行距離 156km
走破市町村 6(栃尾,下田,村松,五泉,小須戸,田上)
累計数 2,269
 朝からF島が風邪気味だと言うが、構わず連れ出して走り始める。巻町から越後七浦シーサイドラインを通り信濃川放水路の河口に出て川沿いに上流へ向かう。横断している岡が思ったより大きく開削した当時の苦労を推察しながら大河津分水に出る。そこの桜を見てから長岡まで走り長岡城址のある悠久山でも花見をする。
 351号線のトンネルを抜け真っ白な守門岳を見ながら栃尾に降り、290号線で下田村に着く。ここでF島が不調を訴えショートカットしてYHに帰ると言う。走破が目的の旅なので風邪気味のF島を1人で帰らせて続きを走る。
 290号線を北上し村松から県道で五泉を経て矢代田に進み田上町に入ると残る新潟県は3町3村になった。田上から中之口を経由して午後4時頃にYHへ帰ったらF島は既に帰っており、座敷で毛布を掛けて横になっていた。
 自転車を輪行して車に積み、岩室温泉に浸かり体調の悪そうなF島を助手席で寝させながら関越自動車道を使って一気に上尾まで走り、F島の独身寮に彼と彼の荷物を降ろし16号線で自宅に帰った。(次は安達編