市長選で応援する | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2022/10/21記 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
明後日の日曜日は8時半から木更津法人会木更津北支部で巌根駅前花壇整備及びアクアライン沿道清掃、10時から岩根西公民館で飛行場周辺まちづくり基本計画の住民説明会、12時から前観光協会会長であり青年会議所の先輩でもある故鈴木義久氏のお別れ会の予定があり、本来ならその全てに出席したいところなのであるが娘の保育園最後の運動会と重なり、朝7時15分より運営を行うため全て欠席である。 同日17時から木更津法人会木更津北支部の役員会があり、それは何とか出席しようと思う。会議後の懇親会を行っている頃、君津市では投票締切時間を迎え、その夜に開票作業が進み市長が確定する。 4年前の選挙では3人の候補が立候補し、私は中立を保っていたが、今回は鈴木荘一候補を応援し、昨日は尾張屋前で街頭演説も行わせていただいた。国政選挙などでも岩根の尾張屋前で応援演説を行うことが多いが、今回は君津の尾張屋である。 調べてみると5年前の今日は衆議院選挙における浜田代議士の応援演説の司会を尾張屋岩根店で行っていた。偶然とは言え面白いものである。 さて、私が現職の石井市長を応援しない理由は木更津市や君津市を含む広域行政が進む中、昨年のコロナウイルスワクチン接種券の配布方法で足並みが乱れ、木更津市民の接種が難しくなるなど、現職には信頼に欠ける行為があったためである。また、経済界出身の鈴木候補は渡辺市長と同様に民間感覚を活かした行政を運営し、君津市が活性化して人口も増え、広域行政を木更津市とともに支える力強い柱になってもらいたいからである。 木更津市で十字屋・そごう・ダイエー・西友という市街地の商業施設が無くなったように、この尾張屋君津店も、私が君津高校に通っていた頃にはイトーヨーカ堂が有った場所である。当時中野の商店街は活気があったが今では歩く人も少なく活気がない。 これは全国の地方都市で共通する現象であり、更に君津市では少子化に伴う自然減に加え、若い子育て世代が木更津市や袖ケ浦市に移転する社会減の現象が続き、石井市政の4年間で約3千5百人の人口が減少している。 最大で9万3千人の人口を擁した君津市も8万人を割り込み、君津市の将来計画人口も7万7千人で設定されるなど厳しい状況にある。君津市の郊外部では小中学校の統廃合が進み、子どもを歩いて学校に通わせたい親は引っ越すことを余儀なくされ、その多くが木更津市の新興住宅地や市街化調整区域の開発住宅に移住しているのである。 私は移住定住施策は単独で行うのではなく、かずさ四市が力を合わせて対岸からの人口移転を促し、君津や富津は待機児童も無く緑に恵まれた環境でありながらアクアラインを活用した交通利便性の良さを選ぶ人達の受け皿になるべきだと考えている。 既に君津中央病院、水道、ゴミ処理などは広域化が進み、本年末からは火葬場も広域化される。今後は消防や図書館なども広域化の対象に広げて行くべきだと思うのであるが、袖ケ浦市が出口市長であった頃のように、現在の石井市長は何かと独自路線を引きたがり、広域化のネックになっているように感じている。 君津市民の選択なので隣接市から無理強いは出来ないが、鈴木市長の誕生と、その後の君津市を見守りたいと願っている。 なお、前回の君津市長選挙以降にかずさ四市で行われた主な選挙は下記の通りで、台風の惨禍やコロナによる非常事態の元でも様々な選挙が行われてきたことを思い出す。 |
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上記の表を見ると次は統一地方選挙である。自らの選挙が目前に迫ってきたように感じている。今回の君津市では市長選挙に併せて市議補欠選挙も行われており、2人の定員に対し3人が立候補しているが、44歳から50歳という市議会議員としては若手である。木更津市では40代は草刈副議長しかおらず、次に若いのが公明党の佐藤議員の50歳である。木更津市でも有る程度の世代交代が進むことを願いながら今回の記事を終えたい。い。 |