22日の日曜は投票日であり、既に電話を含め全ての選挙活動が禁止されている。選挙戦終盤に届いた後援会名簿の幾つかには、結局御願いの電話も掛けられないまま当日を迎えることになってしまった。
この日もいつも通りに朝6時前に起床し、2週間ぶりに犬の散歩で軽く走って汗を流し、シャワーを浴びてから朝食を取る。昨日7時間歩いたため、足は少し怠いが筋肉痛ではない。既に投票時間は開始されている。
8時に岩根西公民館へ行く。公民館の駐車場で『今書いてきましたら』と握手を求められたり『良かったですね』と頭を下げられたりする。今日は選挙活動が禁止されているのだから派手に動くことは自制するが、その場の皆様に深く頭を下げて管内に入り受付をする。投票用紙を手にしたら、この紙に自分の名前を書く日が来たことに妙な感動を覚える。自分の名前を書いた紙を箱に投函し公民館を後にする。
事務所に帰ると選挙カーの看板を撤去するために自動車会社に行ったり、事務所内で開票速報を流すためのテレビを設置したり、開票状況の記入用紙を掲示したりする。そうすることで、投票状況に集中しそうな気持ちをごまかしていた。夜になり市の選挙速報のHPを見ると、自分の地元の投票区では投票率が伸びていないことが解り若干の不安を覚える。
8時になると青年部のメンバーも集まってくる。2人は速報の係りとして市民体育館に行って貰う。開票開始が9時、第1報が10時というのに早くから人が集まり始める。こういう場合では候補者は事務所の影にでも居り、当落が決まってから現れるのが慣例のようだが、皆と気持ちを共有したいので事務所で伴に結果を待つ。
10時の第1報は1%以下の開票で無視できたが、10時半の37%で600票が出たときには、安堵と同時に思ったより苦戦しそうだと気になる。またJCの先輩である鶴岡候補に200しか出なかったことで会場に居るJC関係者に動揺が走る。ただ明らかに強い公明党の住之江候補も200なので開票が偏っているのは間違いない。
11時の速報で開票率94%で1400が伝えられ得た。当選は間違えなくなったが前回の父の得票より少ない値に成ることが明らかになり、心の底からの喜びを出来ないが、それでも大きな肩の荷が降りたようで安堵を覚える。
すぐさま当選祝賀会が始まり、達磨の目入れ、鏡割りを行い、万歳三唱を行なった。次から次へと携帯にもお祝い電話やメールが届き、多くの人達が私を支援してくれていたことに改めて気づき、嬉しくなる。
少し落ち着いた頃、体育館から帰ってきた2人より確定投票が1584票だと伝えられ、最後に意外と伸びたことにホッとした。
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