74.4月中旬の活動記録
 10日は議員会主催による21年度職員体制の説明会に参加する前に地元から先月中に要望を提出したのに、市の回答が届かないと意見が寄せられた不法投棄の現場を見に行く。多くの洗濯機等が休耕田に投棄され、道路と田圃の間にある農業用水路を埋め尽くしている状況であった。
 この件について担当部局に問い合わせてみると作業日程が決まっていないので回答を行っていないようだが、対応の早さは重要である。
 さて、職員の紹介であるが例年今の時期に行われている事で、議員に担当以上の職員を紹介するという事で部毎に登壇するのだが、下表のように2時間弱の間に189名の幹部職員が自己紹介を行うことになる。
部局名 出席職員数 内女性職員 副主幹以上総数
総務部 15 0 18
企画部 10 1 12
財務部 14 0 18
市民部 12 1 18
福祉部 18 5 31
環境部 10 0 10
経済部 12 0 19
土木部 10 0 19
都市部 19 0 29
国体室 2 0 4
会計室 2 0 2
消防本部・署 9 0 ※
教育部 36 1 44
水道部 10 0 12
議会事務局 4 1 4
監査委員事務局 2 0 3
農業委員会事務局 2 0 2
選挙管理委員会事務局 2 0 2
合計 189 9 247
 それ以外にも出張中等でこの日に来れない職員を含めると、消防署を除いても副主幹以上が247名も居る。とても覚えきれないが昨年より把握しやすいと感じたのは、やはり1年間の議会活動の成果だろう。なお、消防署の分署、出張所については副主幹以上に相当する階級がこの日の配付資料から読み取れないので※としたのである。他の数値も私がこの日の資料から読み取っているから間違っているかも知れない。
 議員会終了後、庁舎内で各種打ち合わせを行った後に一度帰宅し、夕方からピアノコンクールの打合せに出席する。なお、全体的な組織である「かずさアカデミア音楽コンクール実行委員会」の委員長は千葉県知事であり、今回の選挙で第3代目の委員長となる森田健作知事に変更になる予定である。通常の会議は運営委員会で行われているので知事部局の出席はないままに進む。最優秀賞の決まる最終日(7月19日)に知事の出席をいただけるように今後交渉が必要となる。
 
 11日は午後から内房線を蘇我まで乗り、フクアリにて今シーズン2度目のサッカー観戦を行う。結果としてはジュビロ磐田相手に引き分けとなり、名門チーム同志が最下位とブービーという状況に成る。野球でもロッテが不調であり千葉県に強さが戻ってきて貰いたいと思う。初夏のような気候の中でビールが進んでしまった。
 
 12日は朝8時40分に鎌足公民館に集合し、
矢那地区の自然観察会の運営スタッフとして汗を流す。有志によって毎年行ってきたこの事業も8年目となり、参加者も増えてきた。
 解散した後の午後2時からスタッフで喫茶店に集まり今後の展開などの打合せを行う。
 
 13日は午前中から内業を進めるが、あまりに穏やかに天気が良いため、昼を回ってから着替えを持って南房総市に向かい夕方の富山ハイキングを行ってくる。およそ20年ぶりの富山に前の記憶は殆ど無かったが、駐車場や公衆便所の整備が先進観光地の印象であった。浜金谷からの鋸山もこの半分程度に整備すればよいのにと、他市の事ながら思うのである。木更津にしても西口市街の回遊を誘うので有れば、観光用駐車場と誘導サインが必要かも知れない。
 
 14日は天気予報通り朝からどんよりとした天気で時折雨が混じる内業に向いた日である。調べ物や電話打合せの間にHPの更新を進める。昼過ぎに市役所に行き議会広報紙の更新内容の確認などもしてくるが、翌日の分まで仕事を片付けておく。
 
 15日は朝8時半に自宅を出て「合併しない宣言」をした福島県矢祭町を目指す。この町は過去に何度か車で通過したことは有ったし、一度だけ自転車でも走り抜いた事があるが、1月19日に法人会の公開講座で根本前町長の講義を聴き、もったいない図書館等を見たくなったので、時間が取れる今の内に行くことにしたのである。
 この町で考えた詳細については『
最近思うこと』に別途記載するので参照にして貰いたい。なお、この夜は矢祭町の作ったユーパル矢祭という温泉付き宿泊施設に泊まる。
 
 16日は6時に起床し、朝風呂を済ませたら朝食も取らず北上を始め、満開宣言が出された三春町の滝桜を見に行く。たかが桜と今まであまり気にしていなかったが、現地に行くと朝9時前なのに道は渋滞し観光客で溢れている。
 駐車場から桜間での道のりには多くの売店や農家の青空市が連なっており、桜だけでもこの集客力が有るのかと感心する。帰りがけに街中を見れば染井吉野ばかりでなく滝桜同様の枝垂れ桜も多く、独特の景観を作り上げている町の姿勢には感心した。なお、この日は平日なので高い高速代を支払って帰宅することになった。
 
 17日はこれまでの編集会議ではなく、広報紙を5月1日に発行することを議決するために正規の広報委員会である。まぁ形式的な違いと言えば議事録が残ることと費用弁償が出ることであろう。内容については既に何回も打合せを行っていることなので大きな議論もなく終了する。
 予定ではこの日に各会派のパソコンに新たなアドレスの割り振りがされる事になっていたので委員会終了後も会派を代表して残っていたが、諸事情により1週間送れることになった。
 
 18日は少し溜まった仕事を片付け、HPの更新も行う。夕方からは中学時代の友人での集まりがあり、そちらに出席する。同窓会なども久しぶりに行いたいところであるが『選挙目的』と言われるのも心外なので悩ましいところである。
 
 19日は用事がない良い天気の日曜日なのでJRのホリデーパスを使用して中央線沿線にある山梨県上野原市の高柄山を歩いて汗を流してくる。電車の山旅なので出した汗の数倍になるビールを流し込んで帰ってきたので体に良かったのかは解らない。
 
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2009年4月下旬の記録